We're alive
No.3

プロローグ 3

 うっすらと空を染める曙色が、瞼のあいだを通して、彼の眼を刺激した。
 いつの間にか、眠りに落ちたらしい。こんな極限状況にいるというのに。
 刻々と高度を上げる太陽は、彼を取り巻く絶望的な状況を容赦なく照らし出した。
 夜目に見た以上に、川の両岸は遠い。
 大声を張り上げれば届きそうな距離ではあるが、間に横たわる河はとてつもない急流で、泳ぎ渡ることなど到底不可能だ。
 助けを呼ぼうにも、岸辺ははみ出さんばかりに茂ったジャングルであり、誰かが通りかかるなんて見込み薄だ。
 目を転じる。
 月の下では悪魔の使者にも見えた水上の木々が、太陽の下では、大蛇のごとき濁流のうねりに必死に耐える、ひ弱な存在にしか見えなかった。

 彼の目が、木々と水面が接する部分に吸い寄せられた。
 あちこちにさまざまなものが引っかかっている。
 船の積荷、浮き輪、樽。誰かの野球帽もある。
 そして……人だ。
 屍体が目に入ったとたん、彼は吐いた。
 あれだけの事故だ。予想はしていたものの、やはり衝撃的だった。
 数えたくはないが、気づいただけでも五体はある。
 ──助かったのは自分だけなのだろうか。
 絶望感と疲れが肩にのしかかる。

 彼は我が目を疑った。
 屍体と思っていたひとつが動いたのだ。生きている。
 距離は五、六メートルぐらいだ。
「おーい!」
 彼は水音に負けない大声で叫んだ。
「おーい、こっちだ!」
 呼びかけられた男は、その白髪頭を上げた。

 男の顔がこちらを向いた瞬間、世界がグルグルと回転を始めた。
 最後まで隠れていた激情の記憶が呼び覚まされ、すべてのパズルが置かれるべき場所に収まった。
 その男こそ──。
 ヘンリーを苦しめ、彼から肉親を奪った男。
 どんなに憎んでも余りある、この世で最も許すことのできない男。
「……ハンス……ハンスか?」
 男は苦しげな声で、ヘンリーのもうひとつの名前を呼んだ。

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