エピソード2
再現屋、呪いの館の謎に挑む

【27】 最終回




 三人が振り向くと、そこでまたシャッターが押された。
「おはようございまーす」
 芸能記者の阿佐ヶ谷だ。彼の存在をすっかり忘れていた。今までどこにいたんだろう。
 構えた一眼レフカメラを降ろすと阿佐ヶ谷は、
「ナニ、ナニ、これが噂の怪獣?」
とにこやかに説明を求めてきた。
 オレと志乃はきっと困惑の表情を並べていたはずだ。ところが加東は違って、やあおはようなどと手を挙げて挨拶した。
「キミもいっしょに見るかい」
「えへへ、よろしいので?」
「もちろんだ。さあ行こう」
 阿佐ヶ谷の肩に手を回して案内するではないか。
 やむなくオレたちも続いた。
 B館の屋根にもA館と同じく、太陽電池パネルの《針》が林立していた。
 その中に一本、不自然に折れ曲がった《針》があった。尖端に取り付けられた太陽電池パネルはひび割れ、半分以上のパネルが剥落していた。
 志乃は呆然とした顔で近寄り、折れた部分に手をあてた。
「これが、怪物──」
「そうらしいね」と加東。「みんなが渡り廊下に入った瞬間、これが根元から回転し、パネルのある先端部分でガラスを割ったのさ」
 なんてことだ! 呪いかと思いきや、正体は最先端技術の太陽電池パネルだったなんて。
「こない真っ直ぐ空に伸びてるのに、真横にある廊下を壊したりできるんやろか?」
「調査したところでは」加東は手帳を開いて目を落とした。「パネルを支える軸、そちらのカレ氏のいう《針》だが、通常、電気を最も効率よく生み出せる配置になるよう、最適化プログラムによって管理されている。ところがシステムはまだ試作段階だから、事務室のパソコンからマニュアルで設定を変更できるんだ。《針》の傾きもふだんはリミッターがかかっているものの、マニュアルにすればそれがなくなる。すなわち完全に自由に動かすことができる。おそらくマネージャー氏がやったんだろうね」
 オレはUターンすると、階段室へと駆け戻った。ドアの脇にあるはしごを昇り、階段室の屋上に上がろうとした。そこがB館では最も高いところだからだ。
 本当にあの《針》は渡り廊下まで届くんだろうか? 自ら確かめたい。
 四角く狭い屋上には、数本のアンテナが立っているだけだった。そのどれもが昨日までの強風で折れ曲がっていた。
 しかしオレの目を捉えたのはアンテナではなかった。アンテナの一本にしっかりとくくりつけられた、人型の縫いぐるみだった。
 オレは立ち上がると、志乃たちに手を振った。
「幽霊は、ここにいた」

「あなたがたのおっしゃった通りです」
 隆盛はそう言ってうなだれた。
 太陽電池パネルでガラスを割るからくりは、加東の指摘した通りだった。そして渡り廊下にオレたちを足止めするのに人型縫いぐるみを使ったことも隆盛は認めた。
 縫いぐるみは、怪我をした若者らを運んだ後でひとり戻り、パネルからはずしてあそこに隠した。割れたパネルについては、いずれ新しい物に交換するつもりだったらしい。
「怪我をさせるつもりはなかったんです。ただ風を計算に入れてなくて、回転したパネルが想定した以上に深くガラスに突っ込んだのです。本当に申し訳ありません」
 隆盛は深々と頭を下げて謝罪した。
 オレたちは彼らのしたことをどこにも公表しないことを伝えた。もちろん警察にもだ。すべてはオレと志乃と、加東の胸の内。
「なまみさんには、来月から始まるコンサートツアーの中止を進言します。マネージャーとして、しばらく休養をとるよう説得するつもりです」
 オレはここで撮影したすべてのビデオテープを隆盛に渡した。隆盛は「再現屋さんのことは一生忘れません」と涙を流した。結局、オレと志乃の名前は最後まで覚えてくれなかったようだ。まあオレも彼を「タカモリ」と呼んでたんだから、おあいこか。

 エントランスに救援の車が到着したと聞き、全員応接室からぞろぞろと出てきた。歩けない岡田と桐野は担架で救急車に乗せられた。
 阿佐ヶ谷もカメラケースを肩にかけて出てきた。オレはアッと思い、あわてて加東に耳打ちした。
「彼は怪物の正体を公表するかもしれませんよ」
 だが加東は大丈夫だとウインクを返した。
「阿佐ヶ谷クンについても一応調べさせた。すると彼の経営する個人事務所に脱税の疑いが浮上してね。さっき、それとなくほのめかしておいたよ──おーい、阿佐ヶ谷クン!」
 大声で呼ばれた阿佐ヶ谷は、首をすくめて逃げるかと思いきや、ニヤリと笑ってお辞儀したではないか。
「全然懲りてませんよ、あの男。いいんですか?」
「問題ないよ。脅すだけじゃかわいそうなんで、ちょっと面白い芸能ネタを教えてあげたんだ。世の中、プラスマイナス両方がなくっちゃね」
 また驚かされた。この加東という人物。底が知れない。
「加東さんはいろんな情報源を持ってるんですね。今回は非常に勉強になりました」
「そうかい。そりゃよかった。まあ情報源というか、彼らはみんな私の経営する会社の社員なんだよ。いろんなジャンルのエキスパートを集めていてね。再現屋さんも今後何か困ったことがあったら、電話してくれたまえ。とくにあのお嬢さんからだったら大歓迎だよ」
 加東はそう言って名刺を差し出した。そこには彼が代表取締役を務める社名が書かれていた。
『株式会社 ゴーストぶっとばすたーず』
 なんだよ、野球チームじゃないじゃないか!

 キツくて苦しくて怖い体験の連続だったが、最後にうれしい話がひとつ。
 なまみさんも救急車に乗せられ、全員が救助隊の車に分乗して美術館を後にした。そして車が途中の土砂崩れ現場に差しかかった時。
 道路の復旧作業に従事している人々が、作業の手を止めて一カ所に集まっていく。乗っている車が停止したので見ていると、土砂の中から人間が引っ張り出されようとしていた。
「き、喜三郎!」
 町長がドアを開けて飛び出した。オレたちも車を降りた。
 泥人形に近づいてみると、まさしくそれは飯山町議だった。
 救護班が駆けつけた。しかし彼らの仕事はほとんどなかった。なぜなら泥人形が、
「と、とうさん」
と自らしゃべったからだ。
 まさかの奇跡。聞けば、襲いかかってきた土砂にすっぽりと飲み込まれたものの、顔だけが表に出ている状態で、ずっと一昼夜、助けを呼び続けていたらしい。
「ろくでなしが! どこまで親に心配かけたら気が済むねん!」
「ごめんなさい、お父さん」
 町長も元気を取り戻して、めでたし。

「なまみさん、元気になったらええね」
 帰りの電車の中、志乃がしんみりとつぶやいた。
「芸能人も売れかたによっては悲劇だよな」
「もしもやで」志乃は両手を胸にあてた。「ご両親が名乗り出てきたら、あのコ、幸せになれるんやろか?」
「分からんよ。誰にも分からん」
「そんな……幸せになれると思ってないとやってられへんわ、きっと」
「………」
 会話が途切れた。何だか気まずい。
「なあ、志乃。えーと、ひとつ教えてほしいことがあるんだけど」
「……なに?」
「田辺町長と話してた時、ヘンなことを口走ったよな。『怪獣グテングテン』がどうとか」
「あーあー」ブンブンと髪を揺らしてうなずく志乃。「あれは劇団におった頃の話でな。舞台がはねて飲みに繰り出した時、べろべろに酔っぱらった仲間のことをそう呼んでたんよ。こいつ、グテングテンに化けよったーって」
「なあんだ。聞いてみれば他愛のない話だな」
「悪かったねえ。そうや、今日これからあんたの実家に行って、あたしもおじいちゃんにひとつ教えてもらお」
「じいちゃんに? 何を?」
 すると志乃は両手を膝の上に置き、まるでじいちゃんを目の前にしているようなポーズをとって、
「トシがカミナリを怖がるのは、どうしてなんですか!」
「ま、待ってくれ。それは家族には、ずっと秘密にしてきたことなんだ!」
「コワい〜コワい〜カミナリさんコワい〜」
「許してくれーーー」