エピソード2
再現屋、呪いの館の謎に挑む

【23】 幽霊の正体




 ここで話は本エピソードの冒頭に戻る。

 オレは文字どおり、驚愕した。
 続いて頭の中をパニックの嵐が吹き荒れた。
 自分の見ている光景が信じられなかったのだ。
 オレの目の前には、想像を絶する化け物がいた。
 あるいは、妖怪変化と呼んでもいい。
 しかし、いまオレがいるこの場所──呪われた美術館では何が起きても、どんな化け物が現れても、これほどふさわしい舞台はないと言っても過言ではないかも知れない。
 妖怪変化の正体は志乃である。ついさっきまで普通の人間だったのに、いきなり豹変した。女だから女豹と称すべきか、それとも女狐か?
 あまりの変貌ぶりにオレは凍いた。
 打ち合わせと全然違うじゃないか。
 なまみさんになりすまし、二、三、質問するだけですぐに引き上げるんじゃなかったのか。
 隆盛は、いや彼となまみさんは、明らかに今回の一連の事件に関与している。それどころか、我々ゲストは二人の手の平で踊らされていたのかもしれない。志乃がどうやって彼らの尻尾をつかんだのかは分からないが、ここまでの隆盛の会話はそのことを裏付けている。あとは逃げるだけ。そのはずだったのに──。
 志乃は、突然、キレた。
 彼らにハメられていたことに、怒りが抑えられなくなったのか。
 そうなると事態は悪い方向へと転がる怖れがある。
 志乃はなまみさんを演じることを放棄した。自ら正体をバラした。
 するとどうなる?
 秘密を知ったオレたちを、肉体派の隆盛が黙って帰すだろうか?
 ヘタをすれば、殺されるかもしれない。
 志乃──。
 いったいどんな勝算があるっていうんだ!

「あんた、それでも国民的アイドルのマネージャーかい!」
 肩を怒らせた志乃のシルエットが隆盛に迫る。お前はヤンキー娘か! そんななまみさんがおるか!
 いや、ツッコんでる場合じゃない。助けなきゃ、助けなきゃ!
 すると、状況はまたしても予想外の展開を見せた。
 暗がりの中で、隆盛は土下座したのである。
 ──口封じのため、隆盛が志乃に襲いかかる。そんな最悪の筋書きを予想していたのに。
「すいません!」隆盛は頭を床にこすりつけた。「出過ぎたことを申しました! どうかお許しを!」
 Tシャツの中の筋肉がモリモリと動いている。そんな強面男が、志乃ごときの罵声を受けて萎縮しまくっている。
 もう何が何やら。
 ぽかんと口を開けていると、突然、周囲が眩しい明かりに包まれた。天井の照明に灯が入ったのだ。
「そこで何をしているんですか!」
 女性の声が耳を撃ち抜いた。それは鳥のように美しく、そして刃物のように尖ったエッジを含んでいた。
 入口ゲートに現れたのは、ホンモノの綾澤なまみさんだった。
 つかつかと展示物の間を歩み寄ってくる。その顔は明らかに怒っている。マズい。
「説明して! 何を大声で話してたの」
 なまみさんは照明の一つがうまく顔に当たる位置で立ち止まった。まるでそこがマイクの立てられた定位置であるかのように。
 それに対して隆盛はこれ以上ないほど両目を見開き、
「な、なんで、なまみ様が二人?」
と驚いた。
 おかしいぞ。関西弁で怒鳴りつけた志乃の声を、まだなまみさんだと思ってるのか?
 有能マネージャーは、絵に描いたようなあわてぶりを示しながら、顔をキョロキョロさせた。
 なまみさんが指をさす。
「よくごらんなさい」
「は──ありゃ、おたくは再現屋さんじゃないか!」
 志乃はウィッグをはずしてお辞儀した。
「こ・ん・ば・ん・わ」
 隆盛はまだ状況が理解できずに口を開けっ放しにしている。
 広い展示室の中。オレ、志乃、なまみさんが三角形を作って対峙した。
 志乃は手のウィッグをクルクルとまわしながら微笑んでるだけ。オレにしても、この場をどう繕うべきか分からずにいた。とりあえずビデオカメラを持つ手は下ろした。録音は続行中だが。
「……私のマネージャーから、何かお聞きになりました?」
 シビレを切らしたのはなまみさんだった。すると志乃は、
「タカモリさんはすべてを告白してくれましたよ。あなたにそそのかされて、幽霊騒ぎを起こしたって」
「起こした? あれはこの美術館に取り憑いた霊が──」
「違うな。幽霊なんかそもそもおらへんかったんよ。全部、あんたらがでっち上げたことことやってん。そんで首謀者はあんた、なまみさん」
「まさか!」なまみさんはアハハハハと笑い、「そんなことをして、私にどんなメリットがあるというんです? やったとしたら、彼が一人でやったんでしょう」
「──それは無理でしょう」
 新たな声の参入に全員がハッとした。
 白スーツの加東がそこにいた。美術館にいる者で、Tシャツ姿じゃないのは彼だけだ。
 加東はコツコツと足音を響かせて近づいてきた。
「昨夜の幽霊追跡劇。あの場には、みんなを決めた時間に渡り廊下へ誘導する人間と、襲いかかる怪物を操る人間。この二人が必要だからね」
 驚いたことに、加東は志乃のセリフを補強するようなことを口にした。
「そやね」志乃がウンウンとうなずく。「そやから《綿ボコリ》がなまみさん。怪物の係がタカモリさんやった」
 本当か?
 なまみさんの顔をうかがう。すると彼女は志乃をにらみすえ、
「証拠はあるの?」
と詰め寄った。
 そうだ、証拠だ。これまでのところは隆盛の自白と志乃の勝手な推理だけだ。状況証拠としては乏しいと言わざるを得ない。
 すると志乃は、そばに置いていた自分のバッグをまさぐると、くしゃくしゃになった一枚のTシャツを取り出し、両手で広げてみせた。
「なまみさん、これはあんたが夕べ脱いだTシャツ。ほらここに」と首の部分を裏返し、「N・Aって書いてある」
「それが?」
 なまみさんの声がわずかに動揺した。
「よお見て、ここ」と志乃は袖の部分をこちらに示し、「破けてるやろ。これは《綿ボコリ》に変装してみんなから逃げてる時に引っ掛けた跡やねん」