エピソード2 再現屋、呪いの館の謎に挑む 【21】 掟破り |
午前一時。 時計の針の遅いこと。朝は永遠に来ないんじゃないか? 加東がゆらりと立ち上がった。 「トイレに行く。いっしょに来てくれるのは誰かな?」 ここに戻ってすぐ、みんなで取り決めたのだ。今後一切、単独行動をしないと。だからトイレに行くにも必ず誰かが付き添う。提案したのはオレだが、全員一致で可決された。 「行きましょう」 気は進まなかったが、義務感で手を挙げた。 「教えてほしいんですけど」 用を済ませ、手を洗いながら訊ねた。 「ん?」 「加東さん、幽霊を退治するアテがあると言ってましたよね」 「ああ、あの話か」 加東はトレードマークの笑みを浮かべながら、もったいぶるような態度で腰に手を当てると、 「プロに頼むんだよ」 「プロ?」 「お化け退治のプロっていったら、決まってるだろ」 「……ゴーストバスターズとかエクソシストとか?」 「そうそう、それだよ」 加東は手を叩いて笑った。訊いたオレがバカだった。 「ウソじゃないぞ。知り合いにいるんだ。自称『ゴーストぶっとばすたーず』てのがな、待てよ、あれは野球チームだったかな」 その時、軽い震動を感じた。加東も言葉を飲み込んだ。気のせいじゃないようだ。 急いで応接室に戻ると、全員の目が同じ方向を見ていた。 「志乃、またか?」 「あたしと違うで」 そんなことは分かってる。日村がさっきと同じ、西側の壁を指さし、 「帰ってきたんだ……」 とつぶやいた。すると町長がゆっくりと立ち上がり、脚を引きずりながら壁に近づいていった。 「──喜三郎か?」 あわてて志乃が駆け寄った。 「おじいちゃん、あれは息子さんやないよ。怪獣グテングテンやねんよ」 何だそれは? 「違う、あれは確かに喜三郎や! ワシの大事な息子や!」 町長は志乃の手を振りほどくと、壁に張りつき、頬ずりを始めた。 「チックショー!」桐野が叫んだ。「これ以上ここにいたら頭がおかしくなっちまう、どけ!」 放たれた矢のように桐野はドアに向かった。 その前をなまみさんが通せんぼした。 「どけよっ!」 桐野はなまみさんの肩をつかむと、力まかせに床に押し倒した。 「な、何をする!」 隆盛が桐野につかみかかった。だが運悪く隆盛の足がビールの空き缶を踏んでしまい、後ろ向きに床に転倒した。 うーんとうなって立てそうにない。 「ふん」 桐野はそれを見届けると、ドアノブに手を伸ばした。 その手をつかんだ者がいた。志乃だ。 桐野は逆上した。 「オレの邪魔する奴は一人残らず──」 ゴスッ。 志乃の右アッパーが桐野の顔にキマった。 桐野は三白眼をかっと見開いて、ゆっくりと絨毯の上に倒れた。 「おみごと」加東がつぶやいた。 みごとなものか。とんだ立ち回りだ。やるに事欠いて、パンチはないだろう。 志乃は膝をつき、桐野の襟首をつかんで起こすと、パシッと平手打ちを喰らわせた。うっすらとまぶたを開く桐野に、 「あんた、推理小説を読んだことないんか?」 「………」 「よくある定番の展開っちゅーのがあんねん。今日みたいに、人里離れた屋敷に閉じ込められて、外にも出られへん、誰も助けに来えへん。そんな陸の孤島で一人また一人と殺されていく。どんな奴が真っ先に殺されるか知ってるかあ? 自分だけは大丈夫やとうぬぼれて、一人っきりになるアホや。それからあんたみたいに取り乱して逃げようとする小心者や。なんでか分かるやろ? そのほうが殺人鬼にとっては都合がええからなんや」 志乃は桐野の首から手を放した。 「それでも行きたかったら、どうぞ。殺人鬼が待ってましたーって、あんたに抱きついてくるから」 いい終えると志乃は立ち上がり、床の上のなまみさんに手を貸して起き上がらせた。桐野は泳いだ目を巡らせ、みんなの視線が注がれていることを知ると、殴られた頬をさすりながら、バツが悪そうに部屋の隅へと退散した。 オレは志乃に歩み寄ると、ひと言だけ感想を述べた。 「グーで殴るのだけは、やめてくれ」 男のプライドってものがあるんだ。そう付け加えようとすると、 「大丈夫。ほら、殴る前に指輪をはずしといたから」 と誇らしげに中指の付け根を高々と見せた。 |