エピソード2
再現屋、呪いの館の謎に挑む

【18】 呪われた美術館




 一度目の再生。田辺町長は腰を浮かせ、流れる映像を息を飲んで注視していた。二度目にはソファに深々と腰を沈め、うーんと何度もうなった。三度目になると下唇を噛んだまま、腹の前の手の平を握ったり開いたりを繰り返すばかりだった。
 他のみんなも似たような反応で、誰もまともな言葉を発しようとはしなかった。
「もういいでしょうか?」
 停止ボタンを押し、その場で全員の顔を見渡した。蛍光灯の下の顔はどれも半病人のようだった。
 映像は我ながらうまく撮れていたと思う。ブレを最小限に抑えられたし、流れも比較的スムーズだ。
 にもかかわらず、肝心の《綿ボコリ》や、廊下で襲ってきた《黒い怪物》の正体はつかめなかった。相手の動きが速すぎたのだ。
 なまみさんは、こんなのは見たことはないと顔を引き攣らせた。ということは新種の怪物なのか。この一帯は魑魅魍魎の巣窟か!
「君たちが大変な災難に遭ったことは理解した」町長はやっと口を開いた。「そやけど、正体不明の怪物に襲われたやなんて、警察が信用するかいな」
「今の映像を見せればいいじゃないか」と岡田。
「ガラスを割りよったんは、強い風に飛ばされた石か大木かもしれへんやないか」
「じゃああの《綿ボコリ》はどう説明する?」
「ホンマの《綿ボコリ》を、見間違えたんやろ」
「そんなワケないだろっ。さっきのビデオには足音も録音されてたじゃないか」
「……喧嘩しないでください」
 なまみさんが仲裁に入る。女神の言葉だ。岡田はうつむいて黙り込んだ。
「驚いたねえ。その場にいられなくて残念だったな」阿佐ヶ谷である。「再現屋さんだっけ? いい腕だね。嵐が治まってここを出られたら、テレビ局に持ち込むといいよ。なんなら私が紹介してあげてもいい」
 救助隊はその後どうなったのだろう。訊ねると隆盛は、
「状況はほとんど変わらないそうです。早くても明日かあさってとの返答でした」
 とほほ。まだ帰れないのか。阿佐ヶ谷が手を叩く。
「こりゃあ楽しくなってきたね。きっとY町ゆかりの亡霊が犯人だよ、うん」
「亡霊?」
「ほら、南北朝時代にここで殺された天皇の一族がいたじゃない」
「やめてください!」
 飯山町議が両耳を塞いで絶叫した。

 エントランスの内側から、外のひさしを伝い落ちる雨だれを眺めている。その向こうは、また激しさを増した豪雨の壁。
 ひさしの下に黒い箱がぶらさがっているのに気づいた。あれは監視カメラじゃないのか?
 通りがかった隆盛に訊ねると、
「そうです。でも今は機能してません。セキュリティーにまわす予算も削ったんです」
 館内には何カ所か取り付けられているが、すべてオフになっているという。
「惜しいですね。幽霊が映っていたかもしれないのに」
「それだけ美術館経営がピンチだってことです」
 時刻は午後五時。することもないまま、二日目が暮れようとしていた。季節は夏だというのに、外はすでに真っ暗。まるで我々の未来を暗示しているかのようでコワい。
 ビデオを見て以降、調査隊を今一度出すべきだと進言する者はいなかった。じつのところ、オレと志乃だけででも行こうかと考えたが、なまみさんに強く止められた。
「この美術館は強い霊によって呪われているんです。あなたがたを再び危険に晒すことはできません」
 阿佐ヶ谷の口走った南北朝云々に影響されたらしい。ポニーテールに縛った髪を左右に振って反対した。志乃は無視しようと言ったが、クライアントの意向をないがしろにすると、お金がもらえなくなる。ここに負けないほど貧乏なオレに、選択の余地はなかったのだ。

 夕食を終えた頃から、低気圧がさらに勢力を増し、建物がギシギシと軋む音まで聞こえ出した。メインディッシュのカレーライスはうまかったが、揺れを感じるたびにスプーンを持つ手が止まる者が多かった。渡り廊下で襲ってきた黒い怪物が、今また建物に覆いかぶさっている光景を想像しているのかも。
「肝試しは本当にやらないの?」
 ビールに酔った口調は加東である。お詫びですと隆盛が出してきたのだ。恐怖を消すためか、男たちは多かれ少なかれ口にしていた。
「オレ、行ってもいいですよ」
 威勢よく応じたのは日村だ。三人組で唯一負傷を免れていたが、あの時は足が遅くて助かったのだ。今は飲み過ぎたビールのせいで気持ちが大きくなっているらしい。
「だよな。あの怪物を退治しておかないと、男が立たないもんな。愛するなまみさんや怪我をした仲間のためにも」
「加東さん。けしかけてはダメですよ」
 なまみさんが可愛い眉をしかめて諌めても、加東の舌は動き続ける。
「やっつけたら、チューしてもらえるかもよ」
 今どき、そんな子供騙しな甘言が通用するか。
「よしっ。オレ、退治してくる!」
 日村は立ち上がり、懐中電灯を握った。
 通用しとるがな!