エピソード2
再現屋、呪いの館の謎に挑む

【15】 二日目の朝




 全員くたくたに疲れていたこともあって、続きは明日と、話し合いは早々にお開きになった。
「散々な一日だったな」
「想像もしてなかった展開やね」
 割り当てられたゲストルームに落ち着いた後、志乃が訪ねてきて言った。
 二人とも同じカーキ色のTシャツを着ている。この美術館のオリジナルグッズで、着替えのない我々のために、なまみさんが提供してくれたのだ。下は短パンで、これもここのオリジナル。
「トシ、あれはホンマに幽霊やったんやと思う?」
「専門家じゃないから、分かんないよ」
 まるで加東みたいなセリフだ。
「そらそうやろうけど」
「志乃の直感は何と?」
 志乃は腕組みを解き、窓に寄ってカーテンの外を覗く。真っ暗な視界に変化はない。
「なーんか、ズに落ちへんねんなー」
「それを言うなら、フだろ」
 茶化してみたが、志乃は頭を傾けただけで、
「東京の劇団時代に、いっぺんだけ幽霊の役をやったことあるんよ。その時、役柄について自分なりにあれこれ考えてんけどね」
「ン」
「幽霊て、実体のない霊魂みたいな存在やん」
「よくは知らないけど、そうだろうな」
「なんで、ガラスの向こう側やったんやろね」
「?」
「あたしが幽霊やったら、スーッと通り抜けて入ってくるわ。ほんで、あんたのほっぺたをペロペロ〜」
「趣味悪いなあ。昔の妖怪映画みたいだ」
「日本の伝統よ」
 オレは眠い目をこすった。
「だからどうだと? 結論をまとめてくれよ」
「そんなん求められても困るわ。あくまで直感なんやから。でもな、強いて言えば、安っぽ〜っちゅう感じかな」
「ハイハイ、分かりました。おやすみ」
 背中を押して、志乃を部屋から追い出す。
 すぐさまベッドに潜り込んだ。もはや一分たりとも起きていたくなかった。
 頭の隅にひっかかるものがあり、目を開く。備え付けのテーブルがそばにあり、赤いインジケータの明かりが光っていた。ビデオカメラの電源がオンになったままだった。起き上がってオフにする。
「濡れないで良かったな。バーゲンで買った一張羅を台無しにした価値はあったよ」
 幽霊の映像が脳裏によみがえる。もう今夜は出ないだろうな。出ても撮らないぞ。
 今日の収穫はたったの一秒。あの白い物体のみ。一時間も録りっぱなしだったのに。
 それにしても、志乃の奴、安っぽいとは言い得て妙だな……。

 翌朝、風はいくぶん弱まっていたが、雨は依然として地面の水たまりを乱打していた。
「おはようございます」
「よう、おはよう」
 加東はぐっすり眠れたらしく肌つやがいい。他の面々は例外なく目の下に隈を作って、顔色も悪かった。
「オッス、監督!」
 オレの背中を叩いて現れた志乃も元気そうだ。この世の終わりまで生き残れるのは、彼女と加東のような人間だと思えてくる。
 昨夜の夕食に続いて、朝食も会議室で供された。調理は早起きした志乃が、なまみさんを手伝ったらしい。とはいえメニューはトーストにベーコンエッグという簡単なものだが。
「ようやく警察と連絡が取れました」飯山が駆け込んできた。カーキのTシャツを着ている。ずっと携帯をリダイヤルしていたらしい。「昨夜の暴風雨はN県各所に大きな被害をもたらしたらしく、対策本部を設営して情報収集にあたっているそうです」
「そんなことより、この下の道の復旧の見通しは?」
 同じくカーキのTシャツ姿の町長がツバを飛ばす。
「新たに数カ所の土砂崩れが確認されたため、時間がかかりそうだとのことです」
「ほなら、ヘリで迎えに来させろ」
「それも、他に人名の危うい被災地があって、そちらを優先するそうです」
 なんじゃそら、町長をバカにしとんのかと荒れるブルドッグ。なだめる飯山。親子喧嘩にもたいがい見飽きたぞ。
「どうする?」
 日村が欠伸をしながら岡田に訊ねた。若者三人衆も寝不足気味だ。
 そこへ、足を引きずりながら男が入ってきた。芸能記者の阿佐ヶ谷だ。
「やあ、私もご相伴にあずからせてください」
 なまみさんが、どうぞと席を立つのを隆盛が押さえ、肩を貸しながら着席させた。
「昨夜は大変ご迷惑をおかけしました。おまけに寝床まで用意してもらって」
 顔の殴られた痕をさすりながら、へっへっへといやらしく笑う。阿佐ヶ谷という男、年齢はオレより少し上か。みんなと同じカーキTシャツを着て仲間になったつもりか、うるさいくらいに愛想を振りまいている。まったく、こんな男を助けるんじゃなかった。

 全員揃っての朝食後、今後について話し合った。
 救援が来るか、橋と一本道が復旧しなければ、町に降りることができない。そういう状況なので、当面はやることがない。
「幽霊探しの続きをやろう」
 熱っぽく提案したのは岡田だった。渡り廊下の事件が腹に据えかねているのだ。今度こそ捕まえてボコボコにしてやると日村と桐野も息巻いている。
 これに反対したのが、意外にもなまみさんだった。
 昨夜の騒ぎもあるし、心霊現象に対して人間がみだりに干渉するのは良くない、危険過ぎると言うのだ。
「再現屋さんも、お願いした幽霊の撮影は完璧にやってくださいましたし、これ以上は望んでいません」
 依頼人に止められては、こちらとしては動く理由がない。本当にそれでいいんですか? などとヒーローじみたセリフもオレには似合わないし。
 ところが、三人組が許さない。
「幽霊にどんな怨みがあるのか、この世にどんな未練があるのか、ハッキリしないとこれからも出てくるだろ。奴の正体をつかんで、きっちり成仏させてやらないと、なまみさんは幸せになれない」
 ファン心理に起因するとしても、もっともな理屈だ。このまま何もせずに救助を待ってバイバイするのも後味が悪い。
 すると岡田はオレに向き直り、
「今度はオレたちがアンタを雇う。だからしっかり撮影してくれ。ただし料金は勉強してくれよ」
 オレの腹は決まった。
 困惑顔のなまみさんは、料金はこちらが持ちますからと前置きし、くれぐれも無茶しないようにと岡田たちに念押しした。隆盛は「展示品を壊さないでください」と付け加えた。
 しかし、二人の危惧は的中することになる。