エピソード2 再現屋、呪いの館の謎に挑む 【11】 幽霊に関する報告 |
人減が増えたため、夕食は時間をずらして午後八時からになり、全員が会議室に勢揃いした。 食事をしながら、自己紹介をする。 新たに判明したことを記してみよう。 綾澤なまみさんの追っかけ連中の名は、岡田蔵之介、桐野明俊、日村賢二郎といい、三人とも東京にある大学の文学部の学生だった。プレゼミの形で配属された研究室が、ちょうどマスコミを専門にしていたので、彼らは卒業論文に向けた課題として、アイドル論なるものを選んだのだという。 そして、あくまでも研究対象として、なまみさんのコンサートに足を運んだところ、見事なくらいハマってしまったというのが追っかけに至った理由らしい。 ビジュアル面での見分け方として、岡田はくっきり二重まぶたの男前だが目付きが悪く、口の端をねじ曲げる不気味な笑い方をする。桐野は反対にニコリともしない、ぶっきらぼうなキツネ顔だ。最後の日村は小太りのおかっぱ頭で、服装も含めて三人の中で最もだらしない男と評していいだろう。 「女子高生風にいえば、クラい岡田、コワい桐野、キモい日村ってとこかな」 どこがツボなのか、笑いを噛み殺す志乃。 そんな志乃に興味を示し、食事も隣りに陣取ったのが、ジャン=フランソワ・加東。日村の猛追撃を足一本で防いだ志乃に、いたく心服したらしい。その上、舞台美術を手がけた経験があるという加東とは志乃も話が合うらしく、さっきから二人だけの世界で話に花を咲かせている。 別にいい。オレにはなまみさんがいる。 なまみさんは、オレの斜め右に腰掛け、ハンバーグにナイフを入れている最中だ。 その向こうでは、隆盛が眼で殺せるものなら殺してやるとばかりに、三人組を監視している。そのせいで、フォークやナイフはろくに動いていない。 田辺町長もせわしなく箸を動かしている。それでも一分おきに、携帯はまだ繋がらないのかと、飯山にせっつくのを忘れない。 おっと、加東の秘書、西を忘れていた。どうにも影が薄い。彼はひたすら黙々と飯を食っている。 合計十一名。 本来なら夕方には、ここの専属事務員や警備員が来る予定だったらしい。それも悪天候に阻まれ、不可能になってしまった。 食後はコーヒーを飲みながら、歓談タイムになった。自然と話題は幽霊騒動に集中する。 「ほう、幽霊をビデオカメラで撮影──それはまた、突飛な話ですね」と加東。 「本当に出るのかよ」岡田らは目を辺りにキョロつかせる。 「悪質なデマだ。嫌がらせだ」と町長はにべもない。 なまみさんはすみませんと繰り返す。代わりに隆盛が説明する。 「最初は私たちも気にしていなかったのですが、見たという人が後を絶たないので、それなら一度、きちんと撮影してもらい、原因を突き止めようと考えたわけです。別なものを幽霊と錯覚していたと確証が得られればそれでいいのです」 「で、こちらの麗しいお嬢さんが呼ばれたと」 加東の言葉に、志乃はホホホと笑いながら、頬を染めている。アホか、あからさまなお世辞に乗せられおって! 「面白そうだ。どうするのか、具体的に教えてもらえないかな」 加東は興味津々だ。隆盛はいいきっかけとばかり、壁際のホワイトボードを引っ張ってくると、マーカーを手に持って説明を始めた。三人組らも雑談をやめ、息をひそめる。 「この美術館は、大きく三つの建物で構成されています」 ボードに丘の斜面を表す線を引く。そして低いほうから長方形を三つ描いていき、それぞれの間を短い二本の線で結んだ。 「私たちのいる建物が、最も低い位置にあるA館です。一段高い所にあるB館には東西二カ所にある通路でつながっています。訪問者はA館の二階からB館の一階に進むよう設計されています。同様に、奥にあるC館一階への入口はB館二階にあります」 すると、一番奥の建物の最上階は、四階の高さになるのか。 「さて、幽霊の目撃ですが」隆盛はチラッと目線を町長に向けるが、すぐに戻して、「B館とC館の不特定な場所で起きています。半数以上は、窓に奇妙なものがいたというもの。残りは、展示物が動いた、物陰に何かいた、というもの。これまでに十六件が報告されています」と、ボードに赤ペンで次々と小さな円を描く。目撃された場所だ。 「本当に幽霊なのかい?」と加東が訊ねた。 「と申しますと?」 「館内に紛れ込んだタヌキかコウモリの可能性もあると思ってさ」 「考えられません」隆盛は言下に否定する。「くまなく調査しましたが、糞一つ発見されていません」 フンねえと、加東は肩をそびやかす。 「ちなみに、私は未だ遭遇していませんが、なまみさんは一度だけ──」 えっ、と全員が驚き、彼女を見る。なまみさんはうつむいたまま、訥々と語り出した。 「……一昨日のことです。閉館時間が過ぎて、戸締まりのためにC館への渡り廊下を歩いていた時のことです。あそこは床以外はガラス張りになっているのですが、黒い影がサッと足許を通り過ぎたので、ふと顔を上げたら……そしたら……」 キャーーーーーーッ。 鼓膜が痺れるほどの悲鳴が、いる者すべての心を震え上がらせた。 |