エピソード2
再現屋、呪いの館の謎に挑む

【10】 追っかけ達




 エントランスで隆盛と争っていたのは、見知らぬ三人組だった。
「なまみ様に会わせろ」
「ここにいるのは分かってるんだ」
「ボクたちをナメてると、許さないぞ」
 三人の若者はいずれも二十歳前後か。どうやら綾澤なまみの追っかけらしい。しきりに隆盛を挑発するが、ファンの扱いに慣れている彼の壁は、おいそれとは乗り越えられないだろう。
「お帰りください」
「帰れだって?」一人が目を剥く。「外を見ろよ。こんな天気で、どこへ行けって言うんだよ」
 街灯に照らされた屋外は、依然として豪雨に煙っている。
 さすがに隆盛も返す言葉がない。それでも館内にすんなりと入れるつもりはなく、両腕を広げて立ち塞がっている。
 三人とも傘も持たずにここまで歩いてきたらしく、着ているTシャツは泥まみれで、袖や髪の毛から、ポタポタと水しずくを垂らしている。
「あ、そこのお兄さん、助けて」一人がオレに気づいて声をかけてきた。「この分からず屋のおじさんをどけてくださいよ」
 と言われても、オレは単なるゲストだ。この場を仕切る資格などあるわけがないし、あってもどうすべきか、判断が難しい。
 追っかけの中には、ファン熱が高じ、過激で常軌を逸した行動に出る者が多々いる。そんな連中を、アイドルと同じ屋根の下に置けるものか。何かあったら国家的大問題だ。
 隆盛は彼らを、外と内のガラスドアの間に封じ込めようとしている。ひとまずはそれしかあるまい。しかし三人は承知しない。そこはエアコンの勢力外なのだ。雨露はしのげても、一晩過ごすのはつらいだろう。
 双方に押し問答の疲れが見え始めた時、
「入れてさしあげなさい」
 美しい声がホールに響いて、事務室のドアが開いた。
 その瞬間、追っかけ三人組の身体に電流が走った。
「なまみ様」
「なまみ様だ」
 それぞれに信奉する相手の名を口にする。
「つい、うたた寝してしまいました」
 なまみさんは自分の頬を手の平で張りながら駆け寄ってくる。事務員の服装に興奮したのか、若者の一人が「萌え〜」と雄叫びを上げた。
「き、来てはいけません。彼らは、ブラックリストの上位に載っている悪質な者たちです」
 うわっ、そんなリストがあるのか。しかも上位だと? やっぱりヤバい奴らだったんだ。いったい何をやらかしたものやら。
「しかたがありません。非常事態なのですから」そう諭すと、若者たちに向かって「他にもお客様がおられます。静かにしてくださるなら、今夜だけお迎え致します」
「モ、モチロン! なまみ様の御心の平和と安寧のために、我々は存在するのですから」
 よく見ると、三人とも同じTシャツを着ている。胸にはアルファベットでガーディアン・エンジェルズ・オブ・ナマミの文字が。なまみさんの守護天使か。きっと彼女を守れるのは自分たちだけと信じて疑わないのだ。
「では隆さん、空いているお部屋にご案内して」
 方針は決まった。三人は勝ち誇ったように濡れた靴を鳴らしながら、堂々とロビーに入ってきた。
 隆盛は歯噛みするしかない。こちらへどうぞと、彼らを廊下の先に誘導していく。三人がなまみさんに近づかないよう、鬼のように監視しながら。
「アレッ?」
 若者の一人が子供じみた声を上げた。視線の先には、ちょうど加東が応接室から出てきたところだった。
「アンタはさっきの車にいた奴じゃないのか」
 若者がそう言って指さすと、隣りの若者も、
「そうだ、コイツだ! ボクたちに見向きもせず、泥水を跳ね上げて走り去ったんだ!」
 いきなりコイツ呼ばわりされた加東は、ぽかんと見返すばかりだったが、一拍置いてアァと首を振り、
「ワケの分からない言葉を喚いていた人たちだね。あれは君たちだったのかい」
「ヒドいじゃないか! 土砂降りの中で、必死に助けを求めてたのに」
「助ける? どうやって」
「どうやってって──乗せてくれれば良かったんだ」
「乗せる? 君たちを?」突然、加東はハハハと笑い出した。「そりゃ無理だよ。だって、車内が汚れるじゃないか」
 若者たちが言葉を詰まらせるのが分かった。後をついてきたオレもびっくりした。本気で言ってるのか、このキュレーターは。
 加東は話は済んだとばかり、くるりと背中を向けて歩き去ろうとする。ところが若者たちの憤りは治まらない。
「待てよ!」
 叫ぶと、訓練されたかのように一斉に床を蹴った。
 危うし、加東!
 ところが間一髪、彼らは隆盛の長く太い腕によって取り押さえられた。さすがは有能マネージャー。
 と褒めたのも束の間、一人だけ輪になった腕を抜け出し、立ち去る加東を追おうとした。オレだって、ただ見物してるわけにはいかない。彼にタックルするべく飛びかかった。しかし腕を振られてあっさり壁際に転がされ、後頭部を打った。今日は二度目だ。
 うわっと悲鳴が聞こえた。加東じゃない。薄目を開くと、オレを振り切ったはずの若者が床に伸びていた。
「イェ〜イ」
 志乃だ。彼女が足でひっかけて転ばしたのだ。
 やるなぁ。
 隆盛が駆け寄り、最後の一人も御用となった。
 加東はそんな騒動もなかったかのごとく、悠然と廊下の先のトイレに消えていった。