エピソード2
再現屋、呪いの館の謎に挑む

【5】 美術館到着




 木々に囲まれた丘の上にうずくまる巨獣。
 それがオレの第一印象だった。
 獣の背中には無数の針が揺らめいており、強烈な陽の光を浴びた入道雲を背景に、黒々と浮かび上がった奇怪なそれは、さながらハリネズミの化け物のようだった。
 呆然と眺めているうちに鉄柵の門が開いた。車はゆっくりと中に入ると、ハリネズミの鼻面を見上げるような場所に停車した。
「到着です。お疲れさまでした」
 隆盛にうながされて、オレたちは車を降りた。
 そこは駐車場だった。他にも数台のセダン車があった。
 もう一度、視線をハリネズミに向ける。それは怪物などではなく、巨大な建築物だった。綾澤美術館の本館であることは疑いようがなかった。
 撮れるものは撮れる時に撮っておけ。大学時代の恩師の名言である。
 オレはすかさずバッグからビデオカメラを取り出し、スイッチをオンにして構えた。ハリネズミの鼻面がファインダーいっぱいに映し出された。
 建物の外郭をなぞりながら、レンズの向きを変えていく。
 美術館は、なだらかな丘の陽当たりの良い南側に鎮座しており、入口から丘を登るように奥へと続いている。その低い頂上の辺りに、展望台らしきものがあり、ガラスが陽光を反射していた。
 これだけなら、ちょっと風変わりな美術館といえるだろう。だが、屋根の上でワサワサと蠢いているアレはいったい何なんだ?
「何なんや? キミは」
 突然、肩越しにケンのある声が飛んできた。振り向くと、てらてらと光る頭が、人差し指をオレに突きつけながらズンズンと迫ってくる。
「キミ、美術館では撮影禁止やっちゅうのを知らんのか? 知らんのか? 知らんのか!」
 指先がレンズに触れる直前でオレはカメラを逸らした。そういうおっさんこそ何者だ? 太い両眉の下でどんぐりマナコが,オレを吸い込まんばかりの眼ヂカラでキッと睨んでいた。
「町長!」禿頭の後ろから線の細い男が駆け寄ってきた。「撮影不許可は建物の内部だけです。落ち着いてください」
「落ち着けぇ? このワシが怒鳴らんよーになったら、おしまいやぞ、おしまいやぞ! それでのーても、最近は妙な連中がウロウロしとんのに」
 細い男はまあまあとなだめながら、ペコリとこちらに頭を下げると、腕をぶんぶん振り回す男の背中を押して、美術館エントランスへと消えた。
「のっけから、濃いキャラの登場やね」
 隣りで志乃が肩をすくめる。
「こちらです。どうぞ」
 隆盛がエントランスを手で示しながら、オレたちを先導した。
「先が思いやられるな」
「オモロなりそうやん」
 志乃はクククっと笑った。懲りずにオレは、カメラをしっかりと建物に向けながら、隆盛のあとに従った。

 外見とは裏腹に、中は真っ当な美術館だった。
 ロビーに入ると、そのまま受付の横を通り過ぎ、『大会議室』と札の出ている部屋へとオレたちは案内された。
 程よく冷房の効いた会議室には、先ほど町長と呼ばれた男と彼の部下が着席していた。オレは目を合わさないように、距離をとって同じ並びに腰掛けた。
 隆盛は、しばらくお待ち下さいと言うと、すぐに出ていった。
 会議室は「大」が付いているわりには狭かった。オレは息苦しさと町長に対する気まずさから、ただ座って待っている気になれず、窓の景色でも眺めようと立ち上がった。
 ブラインドの隙間から見える窓には、若干黒っぽいガラスが嵌め込まれていた。おそらく熱線や紫外線をカットする特殊ガラスなのだろう。こんなところにもエコの片鱗がうかがえる。さすがエコアイドルが館長なだけある。
 ノックの音がして、女性事務員が入ってきた。どうぞと声をかけながら、冷えた麦茶の入ったコップを置いていく。オレはおざなりに礼を述べ、コップの中身を乾ききった喉に流し込んだ。ウマい。生き返る心地がする。
「アレレ? ひょっとして」
 そばで志乃が素っ頓狂な声をあげた。何ごとかと振り向くと、彼女は事務員を指さしていた。
「アナタ、綾澤さんとちゃうの?」
 ナニッ。
 オレは驚いて事務員の顔を正面から見た。
「そ……そうです。……あの、初めまして」