水に胸まで浸かったじいちゃんは諦めて、同じく水に浸かったオレに木ぎれを寄越した。 「おそらくこの辺じゃないかと思う」 じいちゃんの指差すあたりに木ぎれを突っ込んでみる。それは石垣を構成する石と石の隙間だった。どの隙間も、吹き込んだ砂が溜まっていたり、苔や雑草が生えていたりしている。 「探し物はいったい何なの?」 「それは言えん」 「言ってくれなきゃ探しようがないじゃないか」 「あればすぐに判る」 オレは引き受けた手前、不承不承ながら掘り返す作業を始めた。水の上に出ている石垣の幅はおよそ三十センチ。隙間は無数にある。 見つめる誰もが言葉を発しない。 ザクザクと音だけが流れていく。 鯉たちもだんだん慣れてきたらしい。オレの背中を突っついてくる。それとも早く終わらせて出て行けとせっついてるのかな。 「じいちゃんは水から出たらどう?」 「気にするな」 多々良さんが、もう二十分が過ぎましたよと教えてくれた。そろそろ寒さに耐えられなくなってきた。なんでこの年寄りは平気なんだ? カサッ。 木ぎれの先に何か当たった。注意して見ると、透明なビニール袋みたいなものが見える。 掴んで取り出そうと思った瞬間、横から伸びた手にドンと突き飛ばされ、オレは背中から水の中に沈み込んだ。 「ゲホッゲホッ、ナニすんだよ!」 水を吐きながら浮き上がったオレの前で、じいちゃんは紙とペンらしき物の入ったビニール袋を自分の前にかざし、悪魔の笑いを浮かべている。 「でかしたぞ! 俊郎」 「それは?」 「じゃあな」 じいちゃんはオレの問いかけには答えず、袋を口にくわえると池の反対側に向かって泳ぎ始めた。 「おいこら、ジジイ!」 頭に来た。いくらなんでも酷すぎる。 じいちゃんは途中で泳ぎにくくなったのか、着流しを脱ぎ、そのまま対岸へと進んでいく。その速いことったらない。 叔父たちが目に見えない金縛りから解放されて、再び追い始めた頃には、すでにじいちゃんは対岸に上がっていた。 「わっははははは」 フンドシ一枚で高らかに笑っている。その声には聞く者の気勢を削ぐ力がこもっていた。 「勘次郎よ」 呼ばれた叔父が息を飲む。 「喜べ。“天使のプディング”を再開させるぞ」 「……本当ですか?」 「ウソなど言わん。来月一日(いっぴ)から出荷を再開する。お得意さまにそう伝えい」 「……それはどうも……ありがとうございます」 さんざん楯突(たてつ)いた叔父も、そう言うしかない。目の色はあくまで疑っていたが。 「さぁて、そろそろ昼飯時じゃのう。お文、こやつらにウマいものを食わせてやってくれ。わしは工場に行くから後で届けてくれ」 そう言うとじいちゃんは、くるりと向きを変え、スタスタ屋敷に戻っていった。フンドシ姿のまま。 残された者たちは全員、口を開けっぱなしで見送るばかりだった。オレは池に浸かったまんまで。 じいちゃんへの昼飯は、志乃が志願して持っていった。もちろんオレも付いていく。 「おじいちゃーん、お昼ご飯ですよー」 じいちゃん専用の厨房に足を踏み入れるのは久しぶりだ。どこもかしこもピッカピカ。使ってない時も毎日磨いていたに違いない。 |