エピソード1

再現屋、産声を上げる

【84】謎の行動



「じいちゃん!」
 大の字になって地面に横たわったじいちゃん。
 まさか忍ばあちゃん恋しさに後追い自殺か?
 だとしたら、昨夜のオレたちがやったことは、じいちゃんを追いつめたことになりはしないか?
 そんなバカな! いや、でも……。
 いろんな想いが千々に乱れ、じいちゃんの横に屈み込んだオレは言葉もなく、ただじっと顔を見つめるだけだった。
 じいちゃんは目を閉じたまま、荒い息で胸を上下させていた。良かった。まだ生きてる。
「死んどらんぞ」
「わ、びっくりした。なんだよ、驚かすことばっかりしてさ。はた迷惑もいいとこだよ」
「知ったこっちゃないわい。……それよりな」
 じいちゃんは目を開けると、オレの顔をジロッと見つめた。
「これからやることには驚くなよ」
 そう言ったかと思うと、七十を越えた老人とは思えない俊敏さで身を起こし、池の中に両手を広げたままダイビングした。
「じいちゃん!」
 ドボーン。跳ね上がった水が降りかかってくる。
 オレは顔にかかった水を払うこともせず、石垣から身を乗り出した。
 じいちゃんはすぐに浮かんできた。
「手を出して!」
 しかし濡れネズミのじいちゃんは、水の冷たさも気にならない様子で、目ばかりキョロキョロさせている。
「早く手を!」
「うるさい。それより何かその辺に、砂を穿れるようなモノはないか?」
 言われるままに周囲を見回すと、握るのに手頃な木きれが落ちていた。
「これでいいかい?」
「グッドだ」
 受け取るとじいちゃんは水の上に浮かんだまま、石垣の間を木ぎれで掘り始めた。
 石垣はほとんど垂直に積み重なっているので、オレの方からはよほど身を乗り出さないと、何を掘っているのか、よく判らない。
「親父!」
 ようやく叔父たちが到着した。勘三郎、勘四郎、勘太郎の順。勘次郎叔父もふて腐れた顔ながら、しっかり付いてきている。
「旦那様、何をなさっておいでです。お体に障りますから早くお上がりください」
 手を出す多々良さんやお文さんにも、
「ウルサイ!」
 と一喝(いっかつ)、ひたすら黙々と掘り続けている。
 老体とはいえなかなか器用に浮かんでいる。さすがは若い頃いろんなスポーツで鍛えただけある。
 ガッガッガッガッ。
「ここじゃない」
 ガッガッガッガッ。
「こことも違う」
 じいちゃんの周囲の水はすっかり砂色に染まってしまった。鯉たちが遠くで非難がましい視線を送っている。
「おじいちゃんは何してはんの?」
 志乃がオレの前に持ってきた靴を置くと、横に座って首を伸ばした。
「見えないだろ? オレにもじいちゃんの考えてることが判らん」
「手伝うてあげたら?」
「……まったく人騒がせな年寄りだ」
 上着を脱いで志乃に渡すと、オレは石垣を伝いながら冷たい水に入っていった。
「コラ、邪魔するな」
「手伝うんだから、ガタガタ言うなって」
 負けじと口を真一文字にして睨み返す。
「……頑固じゃのお。誰に似たんじゃ」



[次回]  [前回]

[再現屋・扉]   [ページトップへ]