エピソード1

再現屋、産声を上げる

【83】祖父狂乱



「どうしたもこうしたも……こんなフィルムは見せてもろうたことない……ぞ」
 じいちゃんは座布団から腰を浮かすと、片手で側頭部を抱えながら、もう一方の手は宙を掴むような仕草をした。それでも目は画面に釘付けのままだ。何か気に障るものでも映っていたのか。
「そりゃ見たことないかもね。蔵の中でずいぶん長いこと埃をかぶっていたから」
 じいちゃんはウウと唸ると、畳に目を落とした。どうも様子が変だ。
「かなり古いフィルムだが、映ってる子供らは誰なんだ?」
 勘三郎叔父がオレを振り返って訊ねた。
「じいちゃんとばあちゃんだよ」
 オレの返事を聞いた叔父たちの反応は見物(みもの)だった。彼らは座布団から尻を離すと、齧り付かんばかりにテレビの前に集まった。勘次郎叔父でさえ開けた障子から手を離し、伸び上がって兄弟たちの頭越しに画面を覗き込んでいる。多々良さんとお文さんは互いに顔を見合わせている。
「ハハハ、このひょろっとしたガキが親父か?」
 勘三郎叔父が歓声を上げる。
「この女の子がお袋……」
 勘四郎叔父は愛(いと)おしむような視線を幼い少女に注いでいる。
「作って良かったな。苦労が報われたやん」
 隣で志乃が笑った。その時オレたちはまだ手を握りあったままだったことに気づいた。それとなく手を離すと、できるだけ自然な素振りで両手を自分の頭の後ろにもっていった。
「素材の持つ力にオンブってところだな」
「でも選んだのはあんたやん」
 そこまで善意に解釈しなくでも……とは言わなかった。
「……そうか!」
 じいちゃんは突然、大音声(だいおんじょう)を張り上げ、バネ仕掛けの人形のように勢いよく立ち上がった。視線の先はテレビ画面ではなく、外を向いている。
「ふ、ふは、ふはははは」
 笑い出したじゃないか。気でも狂ったか?
 誰もがそう思った時、じいちゃんは動いた。
「どけどけ」と息子たちを蹴散らすと、庭に面した障子まで歩いて行って、両手で押し開いた。
 春の日差しが居間の畳に差し込んでくる。快晴。
「待っておれ、忍ぅ!」
 そう叫ぶと着流しの裾を風になびかせ、素足のままひらりと庭に降り立ち、池に向かって走り出した。
「親父!」
「どうしたんですか!」
 残された叔父たちが口々に叫ぶが、じいちゃんは聞く耳を持たず、砂埃を蹴立てながら一散に駆けていく。
「追いかけるんだ!」
 勘太郎叔父の一声が、みなを一斉に立ち上がらせ、玄関へと駆り立てた。
 ダメだ。じいちゃんがとんでも無いことをやらかすとしたら、靴を履いてる暇なんかない。
 オレは靴下を脱ぎ、外廊下から庭の砂地の上に飛び降りた。砂粒がヤワな足の裏に食い込む。
「トシ!」志乃が叫ぶ。
「スマンが、玄関からオレの靴を頼む」
 言い残すと、じいちゃんの後を追った。
 庭は至るところに芝生が植えられている。できるだけその上を走るように心がけて急いだ。
 じいちゃんは池に掛かる石橋を渡り終え、そのまま池沿いに進んでいく。死にものぐるいで駆ける姿は、黒澤映画『八月の狂詩曲(ラプソディー)』の感動的なラストシーンを思い出させた。
 オレの足がようやく石橋に達した時、目に飛び込んできた光景に、肌が粟立(あわだ)つのを覚えた。じいちゃんは三年前ばあちゃんが倒れていた場所に、同じ格好で仰向けに倒れていたのだ。



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