志乃は握った拳でディスプレイの上をコンコンと叩いた。 「パソコンって固かったらアカンの? ふだんはボヨンボヨンしてんの?」 「そうじゃない、ほら」 マウスを掴んでパッドの上をぐるぐると動かす。画面上のカーソルはぴくりとも動かない。 「レンダリングをスタートした途端、固まったんだ。あー、今朝の苦労が水の泡か。ツイてない」 「判った。確か英語でフリーズっちゅーんやろ。聞いたことあるでー」 「うれしそうに言うなよ。うーん、再起動か」 恨めしげに画面を見つめながら再起動ボタンを押した。立ち上がりをじっと待つのに耐えられず、志乃に話しかけた。 「じいちゃんには会ったろ。今朝の様子はどんなだった?」 「めっちゃ顔色良かったで。晴れ晴れしてはった。なんかこう生気が漲(みなぎ)ってるっていう感じ」 それは朗報だ。気分が少し軽くなった。 「志乃ばあちゃん効果だな」 「あらーん、それほどでも」 再起動が終了した。念のため編集ソフトのフォルダを開いてみる。 「あっ」 「今度はナニ?」 「保存してあった」 レンダリング前のファイルを発見したのだ。タイムスタンプつまり最終保存時間は七時四十二分。恐る恐るダブルクリックする。 「あ、あ」 「またー。脅かさんとってやー」 「良かった。これ最終版だ」 眠りに落ちる直前、なんとか保存だけはしていたらしい。さすがオレ。 その時、階下から大きな怒鳴り声がした。 「いい加減にせい!」 じいちゃんだ。志乃がオレの顔を見る。 続いて勘次郎叔父らしきトーンの高い声が響いてきた。どうやら話は拗れているようだ。 階段を上がってくる足音がして扉が開いた。勘三郎叔父はほとほと困ったという顔をしている。 「やあ、志乃ちゃんオッス。おい俊郎。そろそろ出番だぞ」 「待って。あと十分、いや十五分」 「そんなに待てんぞ。……困ったなあ。昼飯にはまだ早いし」 そんな会話の合間にも激しいやり取りが聞こえてくる。 「叔父さん、じゃあ三分で降りていくから」 「三分だな。了解!」 言い残すと叔父は階下へ駆け下りていった。 「そんなカップ麺みたいな時間で出来んの?」 「ああ、できる」 オレはすぐさまパソコンの終了メニューを選び、電源を落とした。そして机の横に回って、コンセントから電源プラグを抜いた。 「レンダリングは止めだ。直接パソコンからテレビ画面に映す」 「よお判らへんけど、映画じゃなくて、ライブで見せる演劇みたいなモン?」 「当たらずとも遠からず」 マウスや電源タップなど細かい物は志乃に持たせ、オレは両脇に本体とディスプレイを抱えて、問題児たちの待ち受ける居間へと急いだ。 「なぜそんなに融通が利かん! 忍が泣くぞ!」 「いちいちお袋を出さないでください! 情に訴えようなど、卑怯の極みです」 「その言葉、仏壇の前で吐いてみよ」 「いきなり、レシピを忘れたなどと年寄りぶったウソをつくかと思えば、今度は意味不明なことを。諦(あきら)めて蔵の鍵を寄越しなさい」 じいちゃん対勘次郎叔父。最終局面だ。 |