「………」 「………」 「………」 「あ、おじいさんが目を開けた!」 「ここが一番キンチョーした場面やわ」 「そうは見えなかったけどな」 「………」「………」「………」 「やっぱり台本通りには行かないモンですね」 「そこは、アドリブ・ラヴィーンの異名を持つ、あたしですから」 「アヴリルだろ。あっちは歌手だし意味不明!」 「………」「………」「………」 「おじいさん、完全に姐さんの世界に飲み込まれてますよ」 「たまたま似てたからやわ。そやなかったら」 「でもビデオに映ってて良かった。見直して映ってなかったら幽霊だってことに」 「言わんとってちゅーてるやん。怖いからー」 「………」「………」「………」 「なんか、いい絵ですね。俺、泣けてきました」 「本当に涙流してるよ。監督冥利に尽きるね」 「このコはいつも無防備やから」 試写会は二十分ほどで終わった。 さすがに志乃も村木も疲れたようで、オレはお暇することにした。昼までに叔父に頼まれた編集を完成させる仕事が残ってるし。 村木は今日の午前中には大阪を発たないといけないという。名残惜しそうな顔を見せたが、また会おうとがっちり握手した。 「監督、楽しかったです。また呼んでください」 「うん、きっと」 村木は律儀に欠伸をこらえながら、隣の自室に帰るべく、廊下に出ていった。 オレは志乃に向き直り、 「ありがとう。志乃のおかげでうまくいったよ」 と心からの礼を述べた。 しかし志乃の顔色がさっきまでとは違う。うって変わって沈んだ様子をしている。 「どうした?」 「ウン……あたし、忍おばあちゃんになって、ホンマに良かったんやろか……」 「肝心の“天プリ”再開は夢と消えたからなあ」 「そうやなくてさ」 「じいちゃんを騙したことか?」 志乃はこくりと頷いた。 「仕方なかったよ。状況が行き詰まってたからね。それにばあちゃんが生きてたら、きっと同じことをしたんじゃないかな」 「それやねん」 ぼそりと呟くとベッドの上に腰を下ろした。 「あたしが東京で役者を続けていくんやったら、再現ビデオ専門しか、道は残されてなかってん。そやけどいくら外見をリアルに再現しても、その人がホンマに抱いてた想いみたいなもんはその人にしか判らへんわけやん。いくら想像力を逞(たくま)しくしたって。そやからあたし……」 「今回もやりたくなかった?」 「ううん、そんなことない……でも、後ろめたさがどうしても残るわ」 オレは志乃の肩に手を置いた。 「明日、もう今日だけど村木君を新大阪まで見送るんだろ。そしたら戻って来いよ。ばあちゃんのお墓に案内するよ」 「ああ、絶対絶対よろしく」 午前三時二十分。 雨はすっかり上がり、雲間から月明かりが射している。徒歩で屋敷に辿り着くと軽くシャワーを浴びた後、すぐ机に向かって編集作業を開始した。 志乃の言葉が頭にこびり付いて離れない。類(たぐ)い希(まれ)な才能を素直に喜べない彼女の苦悩の根深さをようやく理解できた想いがしたからだ。 |