「冷蔵庫の中、ぎゅうぎゅうにビールが詰まってますよ。なんかサービスいいですね」 「ウチがこのホテルの株主だからだよ」 「飲むの待ってやー。すぐ落とすからー」 「待ちきれないぞ。急げー」 「ねえねえ、撮影したテープ、持ってきてくれました?」 「もちろん。ジャーン。ここにあるデッキは8ミリビデオも再生できるヤツだから、そのまま突っ込んで」 「ハイ」 「おまたせー」 「主演女優のお帰りだ。化粧、まだ付いてるぞ」 「後は飲みながら拭き取るわ」 「姐さん、監督、ビールです」 「冷えてるねえ」 「プシュッと。んじゃカンパーイ」 「乾杯」 「乾杯でっす」 「……くはーっ。効くねー」 「おつまみある?」 「ありまっす。ピーナツにスルメに」 「ビール二本目ちょーだい」 「早いなあ」 「だってノド、カラカラやねん」 「で、どうでした? 終わってみて監督としての感想は」 「感想ねえ……一言、怒鳴ってもいいか?」 「お隣さんの迷惑にならない程度で」 「んじゃプチ小声で……こらーっ、クソじじい。作り方忘れたって、どーゆーこっちゃねん」 「こっちゃねーん」 「え、忘れた?」 「つまりな、じいちゃん、噂されたみたいに我が子を谷底に突き落としたんじゃなかったんだよ」 「意味わかりませんよー」 「ばあちゃんの口から教えてやって」 「つまりさー、おじいちゃんは意地悪で“天使のプディング”作りを止めはったんと違うねん。海外旅行して戻って来たら、頭の中から綺麗に消えて無くなってたとゆー」 「頑固じいちゃん、年齢(とし)には勝てず」 「そうなんですか。じゃ、ばあちゃんを蘇らせてプリン作りの再開を促そうという私たちの目論見は」 「大ハズレ……キミ、なんか説明っぽいぞ。飲み足りないんじゃない?」 「いただきます」 「ついでにあたしに、もう一本取ってー」 「姐さん、黒ビールありますよ」 「黒がいい、美白のあたしには黒が似合う!」 「よーわからんな」 「で、監督。レシピは無いし記憶にも無いってことになると、これからどうなるんですか?」 「明日、息子たちの前で告白するんだって」 「あれ、頑固なおじいちゃんという話だったのに、折れたんですか」 「その辺は幽霊ばあちゃんのおかげだよ」 「幽霊なんて言わんとって。怖くて今夜寝られへんかも」 「いや実際、カメラを覗いてたオレの目には、本物のばあちゃんが化けて出た……いや蘇ったのかと思うくらい、真に迫ってたぞ」 「そりゃー姐さんですもん」 「もっと言(ゆ)うて、もっと言うて」 「いやそればかりじゃないな。キミの特殊メイクの貢献度も大だよ。じいちゃん、まったく疑わなかったからね。さすがハリウッド仕込みだ」 「恐縮でっす」 「なあ、ビデオテープ観ようや」 「ぜひぜひ、俺その場にいなかったんですから」 「そうだったな。んじゃ再生ボタン押すぞ」 「試写会やね。ドキドキするわー」 |