ジャケットを掴むと全速力で階段を駆け下りた。 玄関で危うくお文さんとぶつかりそうになった。 「あれ坊ちゃん、いらっしゃったんですか。声がしないものだから外出されたとばかり……」 「ちょっと自転車借りるね」 「お風呂が沸いてますよ。それからご夕食も」 「あとで」 慌てているから、靴の紐がうまく結べない。 「こんな時間にどちらへお出かけですか?」 「……駅前までね。ビデオテープが切れたんだ」 何とかごまかして玄関を飛び出した。ガレージに駆け込み、お文さん愛用の“ママチャリ”に跨ると、夜の坂道を滑り降りていった。 午後十時十分。オレは息せき切って、ホテルの部屋に飛び込んだ。 「済まない! 遅刻しちまって……」 そこから先の言葉が出てこなかった。 部屋の中央に佇んで、オレを迎え入れた人物がいる……懐かしいばあちゃんその人だ! 和服を着て帯の前で手を合わせ、にこりと微笑むその顔は、紛れもない、三年前に他界したばあちゃんだ! 「あ、あの、オレ……」 するとばあちゃんはクククと笑い出した。 しまった、そうだった。 「志乃!」 「おかえりやっしゃーーー。どない? あたし、なりきれとる? なりきれとるー? アハハ」 ばあちゃんが、七十歳のばあちゃんが、白髪のばあちゃんが、小躍りしてる。 違う、ばあちゃんはそんな踊ったりしない! 「コラ、志乃!」 「んーなんだね? 俊郎」 うぐぐ。声が出ない。ホンモノじゃないと判っていても、この気持ちというか圧力というか感触というか、何なんだ! よく見ると、目尻や首筋の皺(しわ)、少し荒れた肌まで、ばあちゃんの特徴を見事に再現している。 「すごいな……そっくりだよ」 「やろ? コウちゃんおいでー」 呼ばれて部屋の隅に控えていた村木がおずおずと前に出てきた。 「いかがでしょう……か?」 あくまで遠慮がちに訊ねてくる。 「いやあスゴいよ村木君。オレ本当にばあちゃんが生き返ったのかと思ったよ。まさにアカデミーメイクアップ賞モノだね」 オレが絶賛すると、村木は含羞(はにか)んだ顔を真っ赤にして、ありがとうございますと頭を下げた。 「いや本当にオレは村木君を見直した。もちろん 志乃のなりきり演技も素晴らしいけど、これほど完璧に再現できるとは予想してなかったよ」 オレは拍手までしてしまった。するとさすがに怪しいと思ったのか、志乃のばあちゃんが眉間に皺を寄せて、オレの顔を覗き込む。 「なんか変にホメすぎてへん?」 「どうしてよ、オレ心底、感動してるんだから」 額から汗がにじみ出す。 「なあ、なんで夕方に来ぇへんかったん? わたしら部屋から出られへんし、腹ぺこで待ってたんやで」 「……ごめんなさい、寝てました!」 我慢できずオレは正直に告白してしまった。 すると志乃は大きく目を見開くと、ナニぃーと怒鳴って、オレの腰を掴んでベッドに引き据え、 「そんないい加減な子に育てた覚えはありませんよ。世間様に顔向けでけへんわ。ばあちゃんがお尻をぶってあげます。さあズボンを脱ぎなさい」 「わわわ、やめてくれ! 謝るから、許してくれ。おい、村木君、笑ってないで助けてくれって。こら、ベルトを外すな! ばあちゃんはそんなことしないぞ!」 |