午前0時三十九分。 ミシッ。階段の軋(きし)む音が微(かす)かに聞こえた。 ゆっくり来いよ。あわてて転けたりするなよ。 オレは心の中で志乃に念を送る。 この部屋は階段から廊下を歩いて三つ目。他には誰も寝ていない。多々良夫妻の部屋はずっと入口の方だから、まず起きてくる心配はない。 部屋の気温は低いのに、目の中に汗がしたたり落ちてくる。口の中がカラカラに乾いている。なのにこのワクワク感はどうだ。オレは今この瞬間を心から楽しんでいる。 昨日、志乃たちに語ったように、今回のメインは撮影ではない。それでもいい画(え)を撮りたい気持ちがどうしようもなく込み上げてくる。 やっぱりオレは根っからの映像マンなんだな。 午後二時五十四分。いきなり叔父から明日までの仕事を仰せつかったオレは、頼まれるとイヤと言えない性格に一言毒ついてから部屋に戻った。 村木はカブりつくように、ばあちゃんの映像に見入っていた。横から志乃があれこれとアドバイスしている。 「オレ、今晩は徹夜になりそうだ」 「なんの電話やったん?」志乃が振り向いた。 一通り説明すると、なるほどねー金には代えられへんもんなーと勝手に納得している。 「違うよ。オレの技術が役に立つんなら、どんなことでもしたいじゃないか」 それに十万は大きいしねーとまた言う。確かに魅力的だが。 「そしたらさ」志乃はオレの両肩に手を置いた。「後はあたしらで準備やっとくから、アンタは屋敷に戻って、ビデオの編集をやっとったら?」 「でも、ばあちゃんを生(ナマ)で知ってるオレがチェックしないと」 「そやから、夕方にまた来てくれたらええやん」 一理ある。時間は有効に使いたい。 「じゃあ、そうさせてもらおうかな。今からだと六時か七時には来れると思う」 「ラジャー」 「村木君」 オレが呼びかけると、彼は律儀に立ち上がってこちらに体を向けた。 「悪いけど中座させてもらうよ。また後で」 「判りました。行ってらっしゃいませ」 そう言うと深々とお辞儀した。アメリカ育ちなのに、なんでこんなに礼儀正しいんだろう? 午後三時二十五分。屋敷に帰ってきたオレは、急いで蔵のフィルムをビデオに変換する作業に取りかかった。DPEに発注する時間がないので、スクリーンに映した映像を直接ビデオに撮影する。面倒くさいがしかたがない。 めぼしいシーンを撮り終えて、蔵を出る頃には陽が暮れていた。携帯の時計表示を見ると午後六時十二分。くたびれた。こんなんで深夜の作戦決行まで起きてられるだろうか。その上、後に待ってるビデオ編集まで体がもつかな。昨夜のシナリオ作成で寝不足の身にはキツいぜ。 自室の机の上にビデオテープをどさりと置き、ベッドに倒れ込んで思いっきり背筋を伸ばした。さて志乃たちの待つホテルに戻るとするか……。 午後九時四十三分。なぜだーーーーーーーー。 ナゼオレハ眠ッテシマッタ? 携帯の留守電には、志乃の声が山盛り入っていた。はじめの方は脳天気な声だが、後になるにしたがい、心配げな声色に変わっている。マナーモードのまま机の上に放り出したオレのミスだ。 電話すると、待ちかねたという声が聞こえた。 「どないしたん。ホテルから動かれへんやーん」 「本当にスマン! 急いで迎えに行くから待っててくれ!」 |