「坊ちゃん、もうその辺で……」 多々良さんの声で、オレはようやく熱に浮かれたように動いていた唇を止めた。 じいちゃんはランタンの光を背に浴びて、まるで石にでもなったように、首を垂れたままピクリとも動かない。 言い過ぎたろうか。でも鼻っ柱の強いじいちゃんにはこれぐらい言わないと。 人声が途切れると、部屋はまるで防音室のように静かになった。三人の呼吸する音が聞こえるだけだ。 ……じいちゃん、何とか言ってくれよ。 それでも無言は続く。オレは耐えきれなくなって、じいちゃんの前に膝をついた。 じいちゃんを虐(いじ)めてるようでツラいが、こんなチャンスは二度どないだろう。 「なあ、もう叔父さんたちを許してやったらどうなの。みんなイイ年齢(とし)なんだから、任せてやればいいじゃない。ばあちゃんだってそれを望んでたんじゃないかな。隠居して孫の相手に日がな過ごしたって誰も文句言わないよ」 しかしじいちゃんはオレの言葉を聞いてか聞かずか、すっと立ち上がると、 「……多々良、部屋のどこかにレシピが落ちているかもしれん。念のために調べてくれ」 それだけ言うと、秘密の通路へ降りる梯子に手をかけ、後も見ずに降りていった。 なんだよ、人がせっかく心配して意見してるのに。そんな不満が顔に出ていたんだろう。多々良さんがオレの肩にポンと手を置き、 「旦那様は、あれで結構応えておられますよ。反論ひとつしない旦那様なんぞ、これまでに見たことがありませんから」 「そうかなあ」 「ええ。それに坊ちゃんは、誰かが言うべきことを言ってくださったと思います。でも言葉にするのは心苦しかったことでしょう」 「いやあ、そう言ってもらえると報われるな」 「さあ、手伝ってください。旦那様のお言いつけですし、本当にこの部屋に残ってないかどうか、調べてみましょう」 それから一時間ほどかけて念入りに調べてみたものの、レシピは影も形もなかった。 「誰にも言わないで欲しいんですって。レシピが消えたことは」 埃まみれで屋敷に戻ったオレと多々良さんに、お文さんがじいちゃんの伝言を伝えた。 さすがにカッとなって駆け出しそうになったが、オレの肩を多々良さんがやんわりと押さえた。 「坊ちゃん、焦っちゃいけませんて」 オレは納得がいかなかった。 「だって来週にも会議があるんだろう? そしたらレシピ部屋の封印が解かれちゃうじゃないか」 「だから」彼は肩においた手に力をこめた。「まだ時間があるということです。旦那様にお時間をおあげなさい」 翌金曜日。まるで通勤気分で志乃はやってきた。オレは昨夜の様子をじっくり話して聞かせた。場合によっては、土曜の計画は立ち消えになる可能性もあったが、じいちゃんの態度に変化が見られないため、決行することでオレたちは一致した。 「コウちゃんは明日の昼には来れるって」 「本当に頼りになるのか? まだ若いのに」 「ダイジョーブやって。あたしが小判押したる」 「太鼓判だろ」 この日、じいちゃんはオレと顔を合わせるのを避けた。食事も書斎で済ませ、志乃の挨拶にも扉越しに返答しただけだった。 くそっ、頑固ジジイ。 そして土曜日が来た。いよいよ今日、オレと志乃が作る再現ドラマが幕を切って落とすのだ。 |