「そうだよね、亡くなったばあちゃんがレシピを持っていたら、その時点でこの部屋の意味は無くなってたろう。調査されて秘密の通路が発見されていた可能性もある」 「そりゃそうじゃ」 「でもそうはならなかった。誰もレシピが消えたなんて思いもしなかった。なのに実際には消えており、ばあちゃんの手帳がこの梯子の下に落ちていた。最後の書き込みは亡くなった当日だ。従って、レシピを持ち出したのは、ばあちゃん以外、考えられない」 オレは予想しうる質問を先回りする形で、説明を続けていった。 「それでも持ってなかったんじゃ。見つかった時は手ぶらだったんじゃ」 「じいちゃん」 オレは居住まいを正した。 「ここから先はオレの想像だよ。ばあちゃんはレシピを飲み込んだんじゃないかな」 「飲み込んだ……?」 多々良さんがまさかと言いたげに復誦した。 「うん。狭い通路を四つん這いになって往復するのは、ばあちゃんにとって、かなりの重労働だったと思う。それほどの覚悟で事に臨んだのに、池のそばまで戻ってきた時、心臓の発作に襲われ倒れてしまった。まるで動けない。このまま誰かに見つかれば、レシピを盗んだことがバレる。いや、バレるのは構わない。それよりもレシピをこの世から抹消する当初の計画が潰(つい)えてしまう」 「抹消……」 「要するに、焼くなり破り捨てるなりして消してしまおうという」 「な、なぜ忍がそんなことをせにゃならん?」 「まだ判らない?」 オレは腰に手を当てると、心を鬼にして、じいちゃんを正面から睨(ね)め据えた。 「優しいばあちゃんは、子供たちと自分の夫が角(つの)突き合わせて争う姿に心を痛めていた。“天使のプディング”を間に挟んで、親子が口汚く罵り合うのを見るに耐えなかったんだ。そんな、家族を不幸にするようなものなら無くなってしまえ、この世から消えてしまえ! 具合を悪くして、伏した床の中でそんなことを考えても不思議はないだろう? もちろん、紙に書いたレシピを破り捨てたところで、中身はじいちゃんの頭の中にあるんだから、そんな行動は無意味だ。冷静に考えればね。でも残された命が短いと知った時の心境はどうだったろう。思い余ってそう考えたとしても、無理ないじゃないか。秘密の通路の存在を知っていたことが、ばあちゃんの命運を分けたんだね」 ランタンの灯が揺らめいた。電池式なのに。 「その昔、じいちゃんが学校から帰るのを、ばあちゃんは、独りこの辺りで待っていたと聞いた。そんな時、ふとしたはずみで秘密の通路を見つけてしまったことは十分考えられる。俳句を詠むぐらい自然への観察眼が鋭かったばあちゃんだ、風景のちょっとした違和感に気づき、発見したとしても不思議がるに当たらない」 オレの科白に力がこもっていくのと対照的に、座り込んだじいちゃんの肩は徐々に落ちていった。ここで同情は禁物だ。これは、ばあちゃんの弔い合戦なのだ! 「ひょっとしたら昔も、蔵に鍵が掛かっていたりしたら、この通路から忍び込むことがあったかもしれない。蔵には秘蔵図書が多くて、ばあちゃんにとっては楽園だったんだから」 若くて志乃に似たばあちゃんが、ペロリと舌を出しながら穴に入っていく、梯子を昇っていく。 「誰にも話さなかったのは、こっそり蔵に侵入した行動を恥じたからかな。でもまさか五十年後にもう一度入ることになるとは想像してなかったろう。体を張って、夫や息子たちを諫めるために」 じいちゃんの首がガクッと折れた。 |