今度は懐中電灯があり、志乃もいたので、部屋の暗さにビビらないで済んだ。その代わり、堆く溜まった埃(ほこり)には閉口した。 レシピが納められてから約二年、わずかな隙間からでも埃は入ってくるものだな。この様子だと、封印前には扉は開いていたに違いない。 レシピの小箱は、部屋の中央に置かれた立派な葛籠の上に、ちょこなんと乗っていた。発見に要した時間は僅か十数秒。拍子抜けだ。まあ、厳重に封印された部屋だから敢えて隠す必要もなかったんだろうけど。 逆にいえば、誰もあの隠し通路の存在を知らないということか。 志乃が小箱を持ち上げたので、ひとまず考えるのを中止した。彼女は小箱の蓋に手を掛けると、躊躇(ためら)うことなく開いた。 「おい、慎重に、丁重に」 オレは手に持った懐中電灯で志乃の手元を照らした。光の輪の中で志乃の顔が小箱に近づいた。 次の瞬間、志乃は小箱をひっくり返した。オレはまるでこぼれ落ちる宝石を心配するように、あわてて手を差し出した。 ところが箱からは何も落ちてこなかったのだ。 「空っぽや」 「なに? カラぁ?」 志乃は、ほらと小箱の中が見えるようにこちらに向けた。 確かにカラである。箱の底が見えている。志乃に懐中電灯を持たせ、自分の手で確かめてみたが、特に二重底でもない。 箱の中にレシピは入っていなかった。 オレたちは声もなく顔を見合わせるばかりだった。やがて志乃は肩をすくめた。 「ひとまず出よっか。その箱、持ってく? 置いとく?」 オレはハア〜っと息を吐きながら元の葛籠の上に置くことで返事した。 もう何が何だか判らなくなってきたというのが正直な感想だ。次々に謎が現れて、一向に片付かない。前に進まない。イライラが募(つの)る。そのせいだろう。注意力が散漫になっていたオレは、秘密の通路を降りる階段を踏み外した。角材を組み合わせた階段なんて日頃は縁がないから、上り下りしにくいったらない。 「くそっ」 思わず拳骨で階段を殴ってしまった。階段は大きく揺れて、後から降りていた志乃が、キャッと叫んだ。志乃の持った懐中電灯の光も揺れる。 その光の中に白いものが見えた。幽霊の類(たぐい)じゃない。何か四角いモノだ。 「し、志乃!」 「なによー、揺らさんとってぇや」 「違う、懐中電灯で階段の下を照らしてくれ」 彼女はぶつくさ言いながら、懐中電灯を動かした。すると光の輪の中に、一冊の小さな手帳が浮かび上がった。オレは手を伸ばして拾い上げ、そして愕然とした。まさかという衝撃と、やはりという確信が頭の中で渦を巻いた。 オレは志乃を促して秘密の通路を抜け、陽の光の下に出ると、立ち上がるのももどかしく、拾った手帳を開いた。 鉛筆による手書き文字が整然と並んでいる。ページの上部には書き込まれた日付だろう、何月何日と見出しのように書かれている。 志乃はオレの只ならない様子に眉を顰(ひそ)めながら、横から手帳を覗き込むと、アッと叫んだ。 「おばあちゃんの字ぃやん!」 「そう、ばあちゃんの手帳だ。しかもお文さんが言ってた、行方の判らなかった最後の手帳だ」 「えー、そんなんが、なんであそこに」 「……おそらく“天使のプディング”のレシピを封印した部屋から持ち出したのは、ばあちゃんだ。そうじゃないかと思ってた」 |