この小さく暗い部屋は、察するところ、物置の用途として使われているようだ。細い隙間から差し込む弱い光が、整然と積まれた段ボールや葛籠(つづら)の輪郭をなぞっている。 告白しよう。オレは恐がりだ。暗所恐怖症でも閉所恐怖症でもないが、墓場や廃屋といった薄気味悪い場所は苦手だ。もっとも得意な人間なんてそうはいないだろうが。 隠された通路を抜けて、秘密の部屋を発見した高揚感が薄れてくると、オレの中の恐怖心がだんだん鎌首をもたげてきた。重なった葛籠の中から今にも死者が蓋を開けて起きあがるんじゃないか、正体不明の生き物が足許をぞわぞわ通りすぎるんじゃないか、そんなことを考え始めたら、後はパニックに向かって一直線だ。それは避けたい。 オレはやってきた通路に戻ろうとした。しかし、あわてたせいで足許がもつれ、積み重なっていた段ボールの中に倒れてしまった。ホコリがもうもうと舞い、鼻孔をくすぐる。おまけに何やらふわふわしたものがオレに襲いかかってきた。 「うわわ、ファックショイ! あわわわ」 絶叫とクシャミが交錯し、得体の知れない恐怖に我を忘れた。 「たす、たす、助けてくれー」 暴れれば暴れるほど、ふわふわとした怪物は絡み付いてくる。オレは手足をばたつかせ、ますます混乱の度合いを深めていく。 そのとき、思わぬ声が壁の外から聞こえてきた。 「誰、そこにおるの、もしかしてトシ?」 志乃だ。救いの神だ。女神さまだ。 「オレだ、オレだ」 「アハハハハ。何それ、オレオレ詐欺?」 「ふざけてないで助けてくれ!」 「そない言われても。鍵もないのに、どうやって入ったんよ?」 「秘密の通路があったんだ」 「ゲッ。そんならレシピ隠した意味ないやん」 「レシピ?」 暗がりの向こうから、志乃がペタペタと壁を叩く音が聞こえてくる。 「え、ここ、レシピ置いたぁる部屋やろ?」 オレは頭から冷水をかけられたように、突然、自分を取り戻した。志乃の暢気な声が、冷静さを取り戻す役割を果たしたことも否定できない。 ここは、レシピ部屋か? そう言えば、広さといい、天井の高さといい、外観と完全に一致する。 「トシ、トシ、大丈夫?」 志乃がペシペシ叩いているのは、おそらくあの頑丈そうな扉だ。 「ああ、もう大丈夫だ。それよりさ、どこかそのあたりに懐中電灯があったろう? それ持って蔵を出て、壁際の狭い路地まで来てくれ」 「わかったー」 オレはゆっくりと立ち上がった。絡みついた怪物の正体は、どうやら古着らしい。転けたはずみで携帯を落としてしまったが、運良く見つけることができた。再び液晶の明かりで足許を照らし、冷静に来た道を探して通路をくぐり、入り口の路地まで戻ってきた。 志乃は、オレが石垣の間から出てきたのでビックリしたようだ。どうやって発見したん? と聞かれて、ファインダー越しに観た蔦の様子がね、と説明すると素直に感心してくれた。悪い気はしない。 「アンタって、カメラ探偵やなぁ」 「なんじゃそら」 「撮影してる時の注意力がスゴいってこと」 なるほど。 オレは志乃を連れ、再度、レシピ部屋の探検に出発した。今度は強力なライトがあるので心強い。 そして遂に『“天使のプディング”レシピ』と上書きされた箱を“発見”したのだ。 |