エピソード1

再現屋、産声を上げる

【62】発見



 蔦(つた)に覆われた蔵の白壁が、目と鼻の先にそそり立っている。土台部分には、大小異なる大きさの石が隙間なく詰め込まれており、南北に延びる石垣の帯を作っている。
 息の詰まるほどの緊張感が、あたりに漂う。
 突然、背後でギャーッと声がした。オレは心臓が口から飛び出そうなほど驚いて振り向いた。目の前を一匹の黒猫が悠然と築地塀(ついじべい)の上を横切っていく。まるでオレのビクつく心を見透かすように。
 この築地塀は屋敷ができた江戸時代に作られたもので、すでにあちこちが崩れ、綻びている。人目を避けられるほど高くもない。だから子供時代のばあちゃんやじいちゃんが乗り越えたり、壁の上に座って話したりすることができたのだという。
 猫の姿が築地塀に垂れ下がる梅の枝の陰に消えたのを見届けると、オレは心臓の動悸が落ち着くのを待って、再び蔵の方に体を向けた。
 さっきファインダーを透して見た映像の中に、オレが“?”と感じたものが、確かにあった。それは夕暮れ時の空を滑空する鳥のごとく、一瞬のうちに視界を横切った。だから何だったのか正体を掴むどころか、動物やら虫やら、それ以外なのやら、見分けることすらできなかった。
 いや、動物でも昆虫でもない。それは感覚に訴えかけてきた、なにがしかの“違和感”だった。
 オレの胸は意味もなくざわめいた。この違和感を見過ごして帰ってはいけない、そんな思いが頭の中を去来する。まるで志乃が言いそうなことだ。猫を見たせいかもしれない。
 ビデオカメラを傍らの草むらに置き、両頬を手でパンパンと叩いて気合いを入れてみる。よし、違和感でも伊予柑でも何でも来いだ。オレはよっこらせとしゃがみ込むと、潜望鏡で海上を伺う潜水艦のように、息を潜(ひそ)めて周囲を観察した。
 静かだ。動くものといえば、蔦の葉が春のそよ風に靡(なび)いているぐらいのものだ。それでも諦めずに執念深く顔を上下左右に動かす。
 これは……?
 オレの心を弾くものを見つけた。しかしどう理解すればいいのだろうか。
 白壁に貼り付くように密生する蔦が、その辺りだけ、他よりも密集する度合いが低いように感じられるのだ。
 さらに観察していくと、原因は蔦の根元にあることに気づいた。ずいぶん前に一度、蔦が壁から剥がされたことがあるようだ。そしてそれは、蔵に凭(もた)れるように置かれた、一個の石が動いたためであることをようやく発見した。
 石の大きさは二、三歳の子供が屈(かが)んだほどの大きさだ。とりたてて他の石と異なる特徴はない。
 オレは石に指を掛けて引っ張ってみた。するとどうだ、動いたぞ、石がまるで扉のように左奥を中心に回転したのだ。そして石がどいた奥に、白壁を穿(うが)って作られたトンネルが現れた。
 あまりの展開に、全身が総毛立った。
 これは誰が見ても、隠しトンネルだ。
 なぜこんなところに。
 考えていても答えは得られない。オレはひとまず中に入ってみることにした。
 トンネルは暗く、腹這いにならないと入れないほど狭い。携帯電話の液晶画面を、懐中電灯代わりに照らして、オレは前に進んだ。
 中は意外にも綺麗で、落ちている石ころで手足を擦りむく心配はなかった。扉代わりの石がそれだけきちんと作られ、トンネルを密閉していたことの証(あかし)だ。
 五、六メートルも進むとトンネルは行き止まりになっていた。しかし終点には立ち上がれるだけの空間があり、土壁には梯子が設けられていた。
 オレは梯子(はしご)を昇り、天井を塞いでいる木製の蓋らしきものを押し上げた。
 どうやらここがゴールのようだ。かすかな光の中に、小さな部屋が浮かび上がった。



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