エピソード1

再現屋、産声を上げる

【60】下準備



 志乃に急かされて蔵に戻ると、オレは言われるまま次々と古いフィルムを映写機に掛けていった。
 志乃の要望により、比較的、最近の時代のフィルムを観るようにした。
 後でビデオに収録するときの利便性を考え、オレはメモ帳を片手に、内容を逐一記していった。
 志乃は志乃で、在りし日のばあちゃんの姿を頭の中にダビングしてるのかと思うほど、瞬き一つせずに画面を睨み続けている。
 保存されていたばあちゃんの記録は、驚くほど広い年代が収められていた。その中にはフィルム缶の記載が消えてしまって、掛けてしばらくは、いつの頃の誰を映してるのか判らないのもあった。
その映像は屋敷の池を真ん中に、石垣から水面に身を乗り出した二人の子供が映っていた。最初は叔父たちかと思って、フィルムを変えようとしたが、片方が女の子であることに気づき、見ているとまさに仰天、なんと少女時代のばあちゃんだったのだ! 大旦那様と呼ばれるじいちゃんの父親がこっそり撮ったものに違いない。石垣を支えに微妙なバランスで水面に乗り出した二人の愛らしいやりとりが遠目に見ても微笑ましい。オレも志乃も見とれずにはいられなかった。
 掘り出されたフィルムは多岐に渡り、ばあちゃんを撮影したものは、そのごく一部だ。もっと他のフィルムも観てみたい、オレが生まれる前の屋敷や、当時の生活を覗いてみたい、そんな欲求がむらむらと湧いてきたが、今はそんな余裕はない。志乃がばあちゃんに成りきるまで、繰り返し同じ映像を観る必要があるし、実際に再現する時のシナリオを書くという大仕事が待ち構えている。
 すべてのタイムリミットは来週の会議の日。
 初日が暮れる頃、オレたちはくたくたに疲れきっていた。志乃にどんな感じかと問うと、充血した目でウインクを返してきた。
 志乃ならきっとやれるだろう。あの老婦人を演じてみせた際の迫真の演技を思い出せば、信用していいだろう。
 ただ一つ不安がある。再現して見せる相手が、ばあちゃんをよく知っているということだ。そんな相手に対して、迫真の演技どころでは通用しないんじゃないか。演じる志乃がばあちゃんに似ているのが救いだが、果たして志乃は、大和撫子のような忍ばあちゃんに成りきることができるか?
 午後八時をまわり、オレたちはひとまず初日を終えることにした。蔵の前で疲れた背筋を伸ばしながら、思いついた質問を志乃にぶつけた。
「なあ、メインは晩年のばあちゃんだよな」
「そやで」
「てことは、やっぱり老けメイクが必要だよな。それは大丈夫?」
 すると志乃は江戸っ子がやるみたいに、手のひらで額をポンと叩き、忘れてたぁーと吠えると、携帯電話をホルダーから取り出して、どこやらに掛け始めた。
「あ、もしもしコウちゃん? 御無沙汰〜。元気にしてるかー? 何よ何よ、忘れたりしてへんがなー。あたし? あたしはモチロン元気丸出し。快食快眠快便の毎日でっせー。アハハハハ」
 いやはやどうにも。電車の中では絶対に電源を切らせよう。
「じつはな、コウちゃんに助けてほしいことがあんねん。今度の週末、空いてる? いやいや、今すぐ来られてもまだ準備できてないから。ウン、ウン、そう、ありがと〜、助かる〜、ほな待ってるでー」
 電話を終えた志乃は、うれしそうに顔を上げた。
「コウちゃんに頼んだから、もうカンペキや」
「誰? 何する人?」
「トシは一遍(いっぺん)会うてるで。ほら、東京駅まであたしらを送ってくれた男の子おったやん。彼がコウちゃんこと村木功(いさお)クン。若いけどメイクは超一流の腕前やねんで」



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