エピソード1

再現屋、産声を上げる

【59】志乃の企て



 昼食を終えて、蔵に戻る道すがら、オレは志乃に訊ねずにはいられなかった。
「お前まさか、ばあちゃんを“演じ”ようとしてるんじゃないだろうな」
 志乃は両手を背中で組み、胸を突き出して空を仰ぎながら、
「そうや。再現しようと思てる」平然と答えた。
「な……本気か?」
「本気やで。だってあたしにソックシなんやから、やらんかったらアホやで」
「まあオレだって考えなかったわけじゃない。三回忌のビデオだってまだ編集作業を終えてないから、いっそボーナストラックに再現ビデオを付けたら、ウケるかなってね」
 笑いながらそう言った。すると志乃は胸の前で両手を組み直し、首を横に振った。
「違(ちゃ)うな」
「違う? 何が」
「あのな、よぉ考えてみい」
 オレたちは池を跨(また)ぐ石橋の上まで来た。志乃は足を止めて振り向くと、ぐいっと腕を上げて両手を絡め、屋敷に銃を向ける仕草をした。
「いま、鷲村家にとって最大の問題は?」
 いきなり尋問口調だ。
「そりゃあ険悪な親子の間柄でしょ」
「原因は?」
「じいちゃんの専横、横暴、傍若無人……」
「それ何語? しりとり?」
「つまりは、じいちゃんのわがまま」
「じれったい〜。要するに“天使のプディング”でしょ」
「そうだな。来週の会議で、蔵のレシピを強制公開することになるかもしれんしな。じいちゃんは絶対に許さんだろうけど」
「そもそもおじいちゃんが“天使のプディング”作りをやめはった理由は?」
「不明」
「そう、それが“第一の謎”」
 今度は右手の人差し指を立てて、オレの眼前に示す。さらに、
「おばあちゃんが池のそばで倒れてた理由は?」
「不明」
「それが“第二の謎”」
「ちょい待ち。なんだか探偵気取りじゃないか。ひょっとして謎を解こうと言うわけ?」
「……あたしな、この二つの謎って、どっかでつながってると思うねん」
 驚いた。いきなりとんでもないことを言う。
「その根拠は?」
「あらへんよ」
 今度は威張るように反り返ったよ。
「それもアレか、例の“女の勘”?」
「当たり。アンタもだいぶあたしの性格が飲み込めたきたやん」
 はあ〜。
「んで、それとばあちゃんを再現するのと、どう関係してくるんだ?」
「ククククク」
 今度は口を押さえて忍び笑いを始めたぞ。この女優くずれは、まだまだ得体が知れない。
「あんねんあんねん、関係あんねん」
 だんだん笑いが止まらなくなったらしく、体を折りながら、オレの胸を拳で連打する。オレはまた池に落ちたりしないよう、足場を確認してから、志乃の拳をつかんだ。
「ひとりで盛り上がってないで、ちゃんと説明してくれよ。いったいどう関係するんだよ」
「ムフフフフ。あのな」
 五分後、志乃の話を聞き終えたオレは、そんなの無理だ、と心の中で叫びながらも、大いに興味をそそられていた。それは否定できない。
「やってみる価値あるやろ? そやから早よ蔵に戻って、フィルムの続き、見よ〜や」



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