志乃は、心の底の底から湧き上がったような、深い深いため息をついた。 「あたしも、あと十年したらこんなエエ熟女になれるんかなあ……なあ?」 「なあと言われてもなあ」 四十歳のばあちゃんはまだまだ十分綺麗だし、やっぱり志乃によく似ている。だからウンと返事すれば志乃をホメることになりそうで、複雑な気分だ。ばあちゃんは生まれつき線が細く、映像は三十代前半にさえ見える。 ばあちゃんは近づくレンズに微笑みかけた。その顔の辺りに四角い明かりが落ちている。蔵の上部にある小窓が開いていて、太陽光が降り注いでいるのだ。揺り椅子の横の小机には、何冊かの本と短冊が置いてある。 「そうか。ばあちゃんは蔵の中を読書室にしていたのかもな」 「きっとそうやわ。あの椅子あっちにあったで」 「ホント?」 フィルムは五、六分の長さだった。撮影するじいちゃんがプレゼントらしき小箱を渡し、受け取るばあちゃんの笑顔で終わっていた。 映写機を止め、志乃の案内で、ホームセンターのように様々なものをごたごたと載せた陳列棚の途切れた先まで行ってみると、あの揺り椅子が、フィルムそのままの場所に安置されていた。 そばの棚には、古い詩集や俳句の本などがズラリと並んでいる。この一角だけは、ばあちゃん専用の場所、いわば“指定席”だったんだな。 揺り椅子の背を押してみる。軽い軋み音を鳴らして、椅子は前後に揺れた。目を閉じると見たばかりのばあちゃんの姿がオーバーラップする。 すぐ昼時になったので、お文さんの昼食を食べに戻った。志乃が美味美味と絶賛している。 「そう、奥様はあの頃、おやつ時になると蔵の中で読書をされるのが習慣でしたね。たいがいは私もお茶一式を持ってご一緒しましたよ」 「よりによって、どうして蔵なんかに?」 「それにはちゃんとワケがありましてね」 「え、ナニナニ?」 志乃も身を乗り出した。お文さんはもったいぶるように軽く咳払いすると話し始めた。 「これは当時、大旦那様にお仕えしていた私の母親から聞いた話ですよ。ほら、奥様のご実家はここのお隣でしたでしょ。今は引っ越してしまわれたけど、忍様も旦那様も小さかった頃は家族ぐるみでお付き合いしていたそうです。忍様は旦那様より二つ年下で、兄と妹のようによくお庭で遊んでおられたって。ところが旦那様が中学に進学されると、学校の友達と野球をしたりして帰宅が遅くなることが多くなって。忍様は隣との境にある低い築地塀の上に腰掛けて、旦那様が帰ってくるのを待ちながら、ひとり読書しているのを母はよく見かけたそうです。ちょうど蔵のすぐ東側辺りで。母はその姿がいじらしくて、蔵を開放してあげたそうです。大旦那様も構わん構わんと許可してくださいまして。それがずっと続いてるというワケなんですよ」 へえーとオレたちは相づちを打った。探せば小学生時代のばあちゃんのフィルムが出てくるかも。 「旦那様が忍様を嫁に欲しいと申されて、大旦那様が難色を示されたのはご存じですよね。まだ二人とも十代だったし、大旦那様は別のお相手を考えておられたらしく、お二人の仲をなかなかお許しになりませんでした。だからその頃のお二人は、人目を、いえ大旦那様の目を盗んで、蔵の前で落ち合っては、木陰などで密やかにデートしていたそうです。なにしろ忍様のご実家が鷲村に恐縮して、忍様を実家の門から外へ一歩も出そうとしなかったそうですから」 志乃はますます身を乗り出し、全身を耳にして話に聴き入ってる。まさかコイツ……。 |