錠前の掛かった扉は、まるでレシピを守る番人のような威圧感を持って眼前に立ち塞がっていた。造りは堅牢そのもので、かなり厚みがあるだろう。窓もないから中の様子を伺うことはできない。 扉の向こうはさほど広い部屋じゃなさそうだ。蔵の高い天井の半分ほど、それでも充分普通の一階分の高さぐらいあって、幅も狭く、四畳半程度だろうか。つまりは物置の箱が隅っこに張り付いてるといった具合だ。 視線はまた錠前へと吸い寄せられていく。まるで二つ並んだ鍵穴の奥に誰かいて、じっとこちらを見ているような錯覚に陥る。わずかな光が錠前の縁で鈍く反射している。まさに髑髏だ。オレは背筋に冷たいものが走った。 その時、志乃が右手でVサインを作って、そのまま鍵穴に二本の指を突き立てた。 「ブタの鼻〜〜〜、アハハハハ」 オレは呪縛から解き放たれ、膝が折れた。 志乃はやっぱり無敵だ。志乃は扉にひたいを当てると、ムウーッと一声唸った。 「ナニしてるんだ?」 「念力で中のレシピが見えへんかと思て」 冗談とも本気ともつかないことを言う。 「このお嬢さん、そないなこと、できはるんですか?」 お文さんが眉根をひそめてオレに問うてきた。 「できはらない!」 蔵の中は雑然とした中にも、それなりに秩序があるらしい。お文さんはこの棚がナニであの棚はナニと一通り説明してくれたが、全く覚えられなかった。 「このあたりが、見つかったフィルムですわ。それじゃ私はお昼ご飯の用意に戻りますから。正午になったらお屋敷の方に戻ってくださいね」 お文さんはそれだけ言うと、蔵を出ていった。 オレは目的の棚の前に立った。 フィルムの山は予想以上に大きかった。封印してあるテープはどれも変色しており、埋もれていた期間の長さを物語っている。缶にはそれぞれ撮影年月日と簡単な内容が書かれていたが、かすれて読めなくなっているものや、記載内容が簡単すぎて何の事やら判らないものもある。この中から、ばあちゃんの映っているフィルムを選(よ)り分けるには、かなり時間がかかりそうだ。 オレは手近の一缶を持ち上げてみた。『忍・誕生日・昭和五十年』とある。テープをはがして蓋を開ける。そして用意した白手袋をはめ、慎重な手つきでフィルムを出し、映写機に装填した。 「おーい志乃。試写やるぞー」 「ハイよー」 志乃は足取りも軽やかに、棚の間から飛び出してきた。 上映スタート。映写機はその独特の音を立てながらフィルムを回し始めた。スクリーンにファーストカットが映し出される。 「あれ」「へえ」 のっけから驚いたのは、この蔵の入口が映ったからだ。 ばあちゃんの誕生日に蔵? 観音開きの扉は大きく開けられていて、カメラは少しずつ前進していく。 やがて蔵の中に飛び込んだカメラはさらに滑らかな移動を続ける。照明スタンドがいくつか立てかけてあり、十分な明るさだ。 今よりもずっと整頓されている棚の間を、カメラはまるで飛行機のように滑空していく。カーブでカメラを倒すところなど、茶目っ気たっぷりだ。 カメラは目的地に到着し、スピードを落とした。 細かな格子模様の座布団を敷いた揺り椅子に、ばあちゃんは静かな佇(たたず)まいで腰掛けていた。 鷲村忍、当時は四十歳。 「やっぱり綺麗やねえ」 |