目頭を押さえながら、ばあちゃんの遺品を眺めていたお文さんは、志乃の声に、 「いいですよ。奥様のお元気だった頃のお姿をぜひ見てあげてくださいな」 そして、蔵の鍵を取って参りますから、先に庭に出ていてくださいなと部屋を出ていった。 「志乃、どうしたよ。ばあちゃんに興味津々じゃないか」 からかい半分に言うと、志乃はこくんと頷いただけで、人差し指を頬に当てたまま、何やら物思いに耽っている。 オレと志乃は玄関を出ると、庭の方に回った。今日はじいちゃんも勘三郎叔父も会社に用事があるらしく不在だ。運転手の多々良さんも当然いないわけで、屋敷は静かだった。 池の中では鯉たちが元気に泳いでいた。それを横目に歩いていくと、志乃がオレの背中を突いた。 「忍さんが倒れてたんは、どこら辺?」 オレは池の対岸を指さした。その先にこれから向かう蔵の白い壁や瓦屋根が、木々の間、青い空を背にしてくっきりと見える。 お文さんが鍵を手にして、後ろから追いかけてきた。息が切れている。以前はばあちゃんの行く所どこへでも付き従っていたから、常に敏捷な動き、機敏なサポートが要求されたという。しかし最近は動くことがなくなったせいか、動作が鷹揚になり肉も付いた。首筋を大粒の汗が伝っている。 「ほほほ、私も年ですわ。このお屋敷も若い人がおらんようになったら、活気がのうなってしもて。俊郎さんがずっと住んでくれはったらええんやけどねえ」 「叔父さんの誰かが住むんじゃないの?」 「どうやろお。皆さんあんまりお寄りになられへんし、勘三郎さんは海外に永住するって言うてはりますし」 お文さんはハァーッと染みいるようなため息をついた。 三人は木々の間の小径を歩いて、目指す蔵に到着した。 こうやって間近で眺めた蔵は意外に大きい。漆喰の白が眩しく陽光を照り返している。切妻の瓦屋根や黒地に白い線が交錯する蔵特有のなまこ壁が、江戸自体にタイムスリップしたかのような錯覚を起こさせる。唯一、土台の周囲を巡っている石垣が異色とも言える個性を主張している。 お文さんは持ってきた鍵で錠前を外すと、観音開きの分厚い扉の片側を押し開いた。俺たちは中に入った。 カビくさい臭いがツーンとするかと思ったら、存外に乾いた冷たい空気が満ちていた。さすがに立派な蔵だけのことはある。 お文さんが壁のスイッチを押すと、部屋全体が電灯の光で浮かび上がり、志乃が歓声を上げた。 部屋に所狭しと並んでいるのはスチール棚や木の棚で、古い百科事典から、書き付けを綴じたようなものまでが雑然と積み上げられている。ろくに整理されてないことは一目瞭然だ。 そんな中で異彩を放っているのが、部屋の真ん中にデンと構えた8ミリ映写機である。レンズに差し向かうように大きなスクリーンが拡げてある。 映写機に近づき、傍らの机の上に置かれた丸いスチール缶を取り上げてみた。表面に走り書きで「昭和四十五年」とある。開けるとフィルムを巻いたリールが収まっていた。 「この扉は何ですかー?」 志乃の声が、電灯の光が届かない奥まったところから聞こえてきた。 「そこが問題のお部屋ですよ」とお文さんが答える。「ほら“天使のプディング”のレシピが」 「えっ」 オレはおびき寄せられるように、その扉に近づいた。取っ手には大きな錠前が掛かっていて、確かに二つの鍵穴が、髑髏(どくろ)の眼のように並んでいる。 |