志乃はしゃくり上げる声とクッキーをポリポリ囓(かじ)る音を交互に混ぜながら震える声で、 「今でもお庭の草葉の陰からジーッと見てはるんちゃうやろか。泣いてはるんちゃうやろか」 「ぞっとするようなこと言うなよ」 「なんでよ、優しいおばあちゃんやったんやろ。化けてでも出てきてくれたら、うれしいやんか」 そういう考え方もあるかな。 「の〜〜〜〜〜〜〜〜〜」 また泣き始めてしまった。けっこう泣き上戸なのだ。ハンカチで両目を押さえて、畳の上にぺたりと座って泣き続ける。オレがまたオロオロしていると、案の定、 「俊郎さん、いけませんよ!」 お文さんが部屋の扉を開けて、湯気の立つ紅茶を二つ乗せたお盆を片手に、怒鳴り込んできた。 「いい年齢(とし)して女性を泣かせるなんて、恥ずかしいと思いなさい」とオレを睨みながら、盆をテーブルに置き、「まあまあどうしたの、可哀想に、せっかくのおべべにお菓子の屑が落ちてますよ。俊郎さんは私が叱ってさしあげますからね」 まるで子供をあやすように志乃に話しかけ、背中をさすってやっている。 「ありがと〜おばちゃん。でも違(ちゃ)うねん、あたしな、忍おばあちゃんが可哀想で〜〜」 「ホンマに、女のつらさは女にしか判らしません。こんなに泣いてくれはったら、きっとええ供養になりますわ」 オレだってばあちゃんの葬儀の時は号泣したんだけど。でも一昨日の三回忌はちょっと賑やか過ぎたのかもしれない。ばあちゃんに心酔していたお文さんにとっては不本意だったかな。 ようやく泣きやんだ志乃は、もっとばあちゃんのことを知りたいと言い出した。するとお文さんも感極まったように目を潤ませ、それならお見せしましょうと、志乃の手を取って部屋を出ていった。あわててオレも後を追った。 階段を下り、お文さんが志乃を連れて向かったのは、ばあちゃんの部屋だった。 廊下と障子一枚隔てただけのばあちゃんの部屋は、まるで別の家に来たような印象を受けた。 十畳ほどの部屋の左右の壁際に並んだ書棚には、隙間なく書物が並んでいる。部屋の中央には丸い机と洋風の椅子が二脚。部屋の奥の窓際にも書き物机があり、数冊の書物と短冊が乗っていた。隅には硯や筆がきちんと置いてあった。 何枚かの短冊には、その筆によるものらしい五七五の俳句が達筆で認(したた)められていた。 部屋はばあちゃんの生前のままだ。塵一つないのはもちろんお文さんのなせる技。オレは懐かしく部屋を眺めたが、初めての志乃は、おばあちゃんてめっちゃ文学少女やったんやぁと、口を開けたまま、ため息を連発している。 書棚の本は、俳句の単行本や『俳句研究』『俳句四季』といった雑誌などが半分を占め、あとの半分には詩集や写真集などが並んでいた。 「そういや昨年ばあちゃんの全句集を作ってくれたんだったね。オレのところにも送ってくれた」 「はい、奥様は何度も賞をお取りになっていたし、作品が埋もれてしまうのを惜しむ声も多かったものですから」 書き物机の上には、小さくて薄い手帳が積み重ねられている。 「奥様はどこへいくにも手帳を肌身離さず持っておられました。詠まれた日や場所なども句の横に書かれていて、全句集を編纂(へんさん)するのにとても助かりましたよ。……ただ、亡くなられる直前の一冊だけが行方不明で。どこに紛れ込んだのやら」 お文さんは残念そうに言った。 志乃は壁に掛けてある若き日のばあちゃんの写真に見入っていたが、おもむろに顔を上げると、 「忍さんの動く映像も残ってるんですよね。見てみたいなあ」 |