「なにそれぇ〜」思わず吹き出した。「二つの鍵が揃って初めて開く扉なんて、テレビゲームじゃあるまいし。ホンマの話?」 「ウソは言うてへん」叔父も笑って答えた。「お互い合意がないとレシピを閲覧できないように仕組んだんだ。これでも親父にウンと言わせるまで説得に説得を重ねてやっと実現したんだから。親父一人がレシピを独占したまま、ある日ぽっくり逝かれた日には、目も当てられんだろ」 甘党じゃない身には、たかがプリンごときに大げさな……という気がしないでもないが。 「勘次郎兄貴の頭の中ではもう決裂してる。訴えてでも親父からレシピを、鍵を取り上げるつもりでいる。ワシムラの行く末を考えれば、レシピを会社の財産にするのが妥当だとね。俺も同感だし兄弟みんなそう思ってる。したがって今や親父は孤立無援ってわけさ」 開け放った窓から一陣の夜風が部屋に舞い込んだ。なんだか、亡くなったばあちゃんがどこかで聞いているような気がした。生きていたら今の話を聞いて、今の鷲村家の様子を見て、いったい何と言うだろう。 「ところで、俊郎」 オレは窓の外の暗闇に向けていた目を、叔父の顔へと戻した。 「お前のお袋から、その後、連絡はあったか?」 叔父の目がそわそわしている。ははーんと思った。叔父が自室にオレを呼んだのは、お袋の消息を訊ねたかったこともあったんだな。小さい頃から尖っていたお袋は、このフランクな三男と一番馬が合った。中学の頃には二人揃って深夜のミナミで遊び回っていて補導されたこともある。 「全然ないよ。三年ぐらい前にロサンゼルスから絵はがきが来たのが最後だったなあ」 「そうか。まだアメリカにいるのかな」 そう言って叔父は星を見上げた。 翌日は雨だったので、オレは部屋にこもって荷物を整理した。といっても東京から宅急便で送った荷物は微々たるものだ。眠っていたパソコンを机の上に広げてネット環境を整備したり、三回忌の式場で撮影したビデオ映像を読み込んで、編集ソフトの機能を思い出したりして午後を過ごした。 志乃から携帯にメールが届いた。腹の具合も良くなったという。明日行ってもええかとのお訊ねに、無理するなと返信した。 しかし志乃はやってきた。すっかり血色のいい顔色になって。 「おばちゃん、こんちは〜」 「あら志乃ちゃん、いらっしゃ〜い」 にこにこ顔の志乃を、これまたうれしそうな笑顔でお文さんが迎える。自分にも他人にも厳しいお文さんのハートを、志乃はいつの間にかガッチリつかんだようだ。 今日の志乃は元の金髪に戻り、派手なプリントのスカートに黒のVネックセーターという出で立ちだ。切り込んだ胸元から下着が見えてるぞと指摘したら、ワザとインナー見せてるんやん。これファッションやねんでーとケタケタ笑われた。 ところが。 あたしにそっくりやった忍おばあちゃんてどんな人やった?と聞かれ、オレが思い出を紐解きながら、亡くなった時の状況まで細かく話してやると、志乃の大きな目から大粒の涙がこぼれた。 「の〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」 英語で泣いてるのかと思ったら、これが彼女のノーマルな泣き声らしい。 「忍さん〜〜〜かわいそう〜〜〜ヒクヒク」 オレの部屋でこんなに泣かれたら、お文さんが妙な誤解をする。用意しておいた鷲村製菓の最高級洋菓子詰め合わせをあわてて彼女の前に差し出す。泣き声は少しずつ治まっていった。 「このままやったら、忍さん浮かばれへんわ」 |