二三日中にはまた遊びに行くと、志乃は電話を切る際まで、何度も繰り返した。今日は腹具合が万全でなかったので、夕食を誘われたにもかかわらず、泣く泣く辞退したのだという。食い意地の張ってる志乃にしては殊勝なことだ。やはり撮影会がこたえたのかもしれない。最後には力仕事までやってのけ……。 イカん。アレは不幸な出来事だ。忘れよう。 座敷では、食事を終えたばかりのじいちゃんが、うまそうに酒を飲んでいた。 「起きたか俊郎。おまえ、タマの裏までしっかり見られたらしいな。カッカッカ」 高らかに黄門笑いするじいちゃんを、脇からお文さんが品がありませんよとたしなめる。対面で、里芋をつまみにビールを飲んでいた勘三郎叔父が笑いをこらえている。オレは拗ねた顔を作って、ドスンと隣に腰掛けた。お文さんがほかほかのご飯と味噌汁を並べてくれた。 昔からだが、この叔父は事ある毎にじいちゃんに対して真っ向から噛みつくのだが、不思議とこの家にいることが多い。他の兄弟みたいに陰にこもらないのが幸いしているようだ。 笑いの治まったじいちゃん、今度はしみじみと、 「志乃さん、なかなか愉快なオナゴやったのぉ。立て板に水のごとき関西弁は、清流の滝に打たれているような、ええ気持ちにさせてくれよったわい。俊郎、お前も関西に帰ってきたんやから、ええ加減、東京言葉は忘れんとな。息子らのように大きゅうなってからでは抜けんで」 じいちゃんは気づいていない。興が乗った時だけ関西弁になる癖はオレと同じであることに。 「まあ、そのうちにね」 適当に相づちを打って、味噌汁をすする。 じいちゃんは上機嫌の時の癖で、あご髭を左手で撫でながら、 「志乃さんは、東京で演劇をしとったらしいの。本人は端役ばっかりやったと、しきりに謙遜しとったが、さぞかし舞台映えする人気者やったんやろうなあ」 オレは志乃の名誉のため黙っていた。 「しかし女優への道は断念したとも言うとった。お前と組んで仕事をすると。もったいないのう。俊郎、いったいどんな仕事をするつもりや?」 「うん、いずれ構想がまとまったら相談するよ」 仕事内容については、お互い生活が落ち着いてから考えようと志乃と決めていた。しかしいつまでもプータローじゃいられない。働かざる者(酒を)呑むべからず、が、じいちゃんの信条だ。 「そういえば、じいちゃん」 オレは話題を換えた。 「志乃からの伝言で“天使のプディング”はいつ再開するのかって。鷲村の洋菓子は、以前から大ファンだったらしいよ。代官山店ができた時も行列に並んだんだってさ。そもそも、そんな大人気のメニューがどうして製造中止になったの?」 オレは、ごくさりげなく質問したつもりだった。なのにじいちゃんは、口許に近づけた杯を、宙に止めたまま固まってしまった。 「どうかした?」 オレの問いかけにじいちゃんはようやく反応し、杯をコトリと座敷机の上に置くと、 「俊郎。志乃さんには悪いが、その質問には答えられん。いわゆる企業秘密というヤツじゃ。そう伝えといてくれ」 それだけ言うと、お文さんに今夜もうまかったよとねぎらいの言葉をかけて、スタスタ座敷を出ていった。 後に残されたオレは、あわてて叔父に訊ねた。 「ねえ、何かマズいこと訊いちまったかな?」 叔父は思わせぶりな笑みを浮かべて顔を上げた。 「マズい……というより、志乃さんが求めた答えは、俺を始め、兄弟たち、関係者の誰もが一番知りたがってることなのさ」 |