「倒れてた? あんな吹きっさらしの場所に?」 オレの問いに叔父はすぐには答えず、石橋の上に座り込んで、鯉にやろうと持ってきた配合飼料の餌を池に投げ始めた。そういえばばあちゃんはこの池の鯉をとても可愛がっていた。 「あれからもう三年も経つんだな」 叔父が呟いた。鯉たちはまだばあちゃんのことを覚えてるのだろうか。 「お前も知ってるだろう、お袋は心臓が弱くて、あの頃はもう遠出もできなくなってた。家の中でも家人の目が届くようみんな注意してたし、庭を散歩する時でも、必ず誰かがそばにいるようにしてた。なのに」 叔父は餌を一すくいすると、水面に叩き付けた。一匹の鯉が驚いて跳ね、水面が金色に輝いた。 「なのにあの日、お袋がいなくなったことに、誰も気づかなかったんだ。クソッ」 叔父の目は、池の向こう側に注がれている。まるで今もそこに母親が倒れているかのように。 「あの日は俺もここの屋敷にいて、親父と議論を戦わせていたんだ。いや議論にもなってなかった。親父のヤツは、俺の持ち込む企画はどれもこれも夢みたいなものだって、いつも鼻で笑いやがる。……まあそれはどうでもいいんだが」 叔父は腰を上げると、屋敷とは反対方向に石橋を渡っていく。オレもあとに従った。 「あの日はそれが高じて、終いには大声張り上げての大喧嘩になった。お袋のことは頭の隅っこにもなかった。お文らも俺たちに気をとられていたんだろう。夕食時になってようやくお袋の姿が見えないと騒ぎになって、それから上を下への大捜索が始まった。家の中には見当たらないし、念のために兄弟の家にも電話をかけてみたが、誰も所にもいない、来るという連絡もないという。外はだんだんと暗くなってくる。誘拐されたのかもしれんと親父が喚きだして、ようやく警察に電話した直後、多々良が池の端、そうここでお袋が、眠るように倒れているのを発見したんだ」 叔父は一気に喋ると、肩を落とすようにして、足を止めた。 そこは屋敷から奥にある蔵へと続く小径(こみち)を、少しばかり外(はず)れた場所で、芝生もなく地面がむき出しになっている。すぐ脇に梅の木が数本あり、花びらがひらひらと数枚、風に乗って飛んできた。 「その時、ばあちゃんはもう」 「ああ、事切れていた。頭を池の方にまっすぐ向けて仰向けに横になった状態で、両手は胸の上で組み合わされていた。しかもその日は夕方から集中豪雨に見舞われてな。お袋の体はぐっしょり濡れていたんだ。駆けつけた医者の診断では、お袋の死因が心臓の発作で倒れたからか、雨で体を冷やしたからか、はっきりとしなかった。……それよりも、お袋が一人で庭に出た理由は、結局判らず終(じま)いだ」 オレは屋敷を振り返った。池を間に挟んで、これだけ距離があると、夕暮れ時に発見するのは容易じゃなかっただろう。 「押っ取り刀でやってきた兄弟たち、特に勘次郎兄貴の怒りようはスゴかった。なぜお袋から目を離した、アンタが殺したようなもんだ、と親父をさんざんに非難した。俺だって口汚く罵られた。もちろん責任を感じてたから何も言い返せなかったがな。……兄貴が涙を流したのを見たのは後にも先にもあの日だけだ。お袋の亡骸にしがみついて一晩中号泣してたからな。それからだよ、勘次郎兄が親父をないがしろにするようになったのは。話をするときだって、目を合わせないし」 叔父は項垂(うなだ)れたまま、話を終えた。 空をふり仰ぐと、雲ひとつない快晴。三年前の今日は豪雨だったという。きっと空模様は早くから悪かったに違いない。 そんな悪天候に、どうしてばあちゃんは一人で庭に出たりしたんだろう。 |