エピソード1

再現屋、産声を上げる

【42】深まる謎



 オレはプラスチックケースの蓋を開けた。隣の勘次郎叔父は、勘三郎叔父に向かって、まだ何か言いたそうだったが、どすんと座って、プリンを引き寄せた。
 パカッ、パカッという開封音が重なる。試作品とはいえ、叔父の最新作を食べることができるのだ。拒む人などいない。
 じいちゃんも首を振ると、黙って着席した。
 そっと勘次郎叔父の顔を盗み見る。顎のあたりを指先でしごいている。口許に漂わせる微笑が憎たらしい。よほど自信があるのだ。
 プリン片をスプーンに乗せた。見た目はどこといって普通のものと変わらない、平凡なカスタードプリンだ。オレは口の中へと運んだ。
 ん。
 んんんんん。
 これは……ウマい方に一票だ。
 上映会の前に出たプリンより数段上であることは断言できる。特に後味が素晴らしい。余韻を残す引き際の良さといったものがある。
 顔を上げると、じいちゃんも一口食べたようだ。その顔付きは、なんとも不可解な表情を呈している。果たして合格か不合格か。
 いの一番に評価を下したのは、やはり勘三郎叔父だった。
「勘次郎兄貴、悔しいが、これはイケるぜ」
 すると堰(せき)を切ったように、あちこちで「おいしいね」「うまいよ」と賞賛の声が挙がった。
 オレはじいちゃんの顔から目が離せなかった。笑ってるようにも泣いてるようにも見える。とてもそこからは、じいちゃんの思いを汲み取ることができない。
“天使のプディング”を最後に食べたのは、もう十年前、大学生の頃だ。エラくウマいなーと思った記憶は残っている。しかしこの“聖母のプディング”と比べてどちらがウマいかと問われると、何とも返答のしようがない。オレは甘党音痴。
 製造中止の経緯(いきさつ)について聞いたのは、さっきのが初めてだ。だが具体的な理由、じいちゃん側の事情などは誰も知らないらしい。オレが東京にいる間に何があったのか。
 勘次郎叔父は、周囲の反応に気を良くして、ますます眉を釣り上げている。
「どうやら好評のようですね。さらに検討を加えて、次回の役員会にて報告したいと思います」
 そして、じいちゃんのそばに寄ると、小声で、
「父さん、あまり意地になって、社の意向に反対しないでくださいね。それこそ母さんの言葉を裏切ることになりますから。……もっとも、母さんを見殺しにするようなあなたですから」
「勘次郎!」
 いつの間にその巨躯(きょく)を移動させたのか、勘太郎叔父が勘次郎叔父の肩に手を掛けていた。
「その辺で、やめとけ」
 勘次郎叔父は顔をしかめて肩を揺すると、兄の手を払い落とした。
「ふっ。悪い役は全部私に任せっきりですか? ま、いいでしょう。ははははは」
 吐き捨てるように言い残すと、叔父はちょっとお手洗いにと離れていった。
 勘太郎叔父は、そんな弟に耳を貸さず、がっくり肩を落とすじいちゃんのそばに屈み込んだ。
「父さん、大丈夫ですか?」
「あ、ああ」
 それにしても“見殺しにする”って穏やかではない言葉だ。ますますわけが判らない。
 勘次郎叔父は、会食ルームの扉を開け、外に出て行こうとしていた。
 叔父の体が、扉を開けたまま、固まった。
 次の瞬間、
「ひゃ、ひゃ、ひゃああああああ」
 人前でこんな声を発したのは、叔父の五十年に渡る人生の中でも、初めてだったろう。



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