『兄弟みんな、これからも仲良くね。さあ、お父さんに手を振りましょー』 そう言って、忍ばあちゃんはカメラに向かってひらひらと手を振った。子供らも真似をして手を振る。勘次郎が一人、負けん気の強い気性そのままに、両手をぐるぐる回している。振ってるのだか暴れてるのだか判らない。 こうして映写会は、笑いのオチが付いて、閉幕となった。親族一同、立ち上がって割れんばかりの拍手を送った。 「いやあ、まさか忍さんの美しかった頃をもう一度拝めるとは思わんかったわ」 年輩の男性が目を細めて言えば、 「まさに鷲村家、栄光への第一歩ですわね」 と、お世辞を述べるマダムもいる。 部屋の照明が明るくなり、じいちゃんが手を挙げて拍手に応えた。 「みんな、ありがとう。こんなに喜んでもらえて、天国の忍もさぞかし照れておるじゃろう」 「みんな仲良くだなんて、父さん、自分が言えないことを、母さんに言わせたかったんでしょ?」 勘三郎叔父が戯(おど)けた口調で言った。あちこちで笑いがこぼれる。 以前から、長男と次男の間に確執があることは噂で聞いていた。勘次郎叔父としては、洋菓子業界の新しきトップランナーとして、既に会社の顔ともなった自分が社長でないことに、内心不満を募らせているという。確かに、目立った業績のない長男勘太郎叔父が社長の地位にいることに対して、疑問視する声が無くもないらしい。 「まったくですな」 勘次郎叔父が、襟を正して立ち上がった。 「親子協力し合おうにも、会長のあなたが協力してくださらないでは話になりませんよ」 「なにっ?」 じいちゃんが気色ばむ。しかし勘次郎叔父は、切れ長の目をさらに細めて言い放った。 「なにゆえ“天使のプディング”を製造中止したのか、教えてもらえないのですか?」 じいちゃんは顔を真っ赤にしたまま、視線を逸らす。 「“天使のプディング”の権利だけは会社に譲らないというあなたのわがまま、我々はずっと、大きな心をもって認めてきました。我が社の隆盛は、“天使のプディング”あってのものですからね。 一昔前に比べれば、社が扱う商品も店舗も増え、顧客層は拡がりました。それでもやはり皆、口を揃えて“天使のプディング”が食べたいと言う。あなたが自宅の厨房で細々と日に数十個限定で生産するそのプリンを欲しがっているのです。ところがあなたは理由も詳(つまびら)かにせず、突然、製造を中止すると宣言した」 「中止ではない。お休みじゃ」 「同じことです。……いいですか、ご存じのように“天使のプディング”はウチの看板商品です。これを一緒に納めることでまとめた契約もあるのです。このままでは大きな問題が発生します」 スタンドプレーが好きな勘次郎叔父は、さっきと同じように、頭の上で指をパチンと鳴らした。それに呼応して、ふたたび給仕係が現れ、人々の間をまわり始めた。 「私も手を拱(こまね)いて現状を看過していたわけではありません。フランス帰りのパティシエを集め、密かに“天使のプディング”に代わる商品開発を進めてきました」 「そんな話、俺は聞いてないぞ!」 今度は勘三郎叔父が机を叩いて立ち上がった。勘次郎叔父は平然と受け流す。 「だからまだ試作だ。とはいえ、ある程度の成果は出せたと思う。食べてみてくれ」 人々は恐る恐る目の前の容器に手を伸ばした。“聖母のプディング”と印刷されたシールが、ご丁寧にも貼り付けてある。 |