エピソード1

再現屋、産声を上げる

【40】なれそめ



 子供たちの返事に対して、カメラマンの不満そうなため息が聞こえ、観客たちの笑いを誘った。
 画面の中の忍ばあちゃんは、カメラに両肩をすぼめて見せると、子供に向かって次の質問をした。
『お父さんの作るプリンは?』
 すると今度は元気のいい言葉が返ってきた。
『好き好き』
『大好き!』
『食べたい!』
 一人、長男だけがモジモジと両手を擦っている。
 忍ばあちゃんは、彼の顔を覗き込んだ。
『勘太郎ちゃんは?』
『……いっぺん、お腹いっぱい食べてみたい』
 さらに大きな爆笑が起こった。皆に注目された現在の勘太郎叔父は体を揺らして微笑んでいる。
 映像は、池のたもとをそぞろ歩く五人の姿に切り替わった。
 楽しそうに談笑している。池の鯉を指さして何事かを母親に伝えようとする子供たち。にこやかに子供たちの頭を撫でる忍ばあちゃん。
 この幸せを、このまま保存したい。そんな愛情が画面に溢(あふ)れている。撮影するじいちゃんの姿は見えないが、今のオレとほぼ同い年齢だ。
 ばあちゃんはもうこの世にいないが、フィルムのおかげで、オレは若き日のばあちゃんに会うことができた。そしてその姿は、志乃に瓜二つ。オレは因縁めいたものを感じずにはいられなかった。
 当たり前だが、忍ばあちゃんの髪は、志乃とは違って金髪ではない。足の運びや、笑ったときの口へ手の持って行き方など、全体に楚々とした振る舞いは、志乃には到底できない芸当だ。唇の左脇に見える黒子(ほくろ)が見分けるポイントってとこか。
 ……見分ける?
 オレは自分で自分の考えを笑った。
 そんなオレを見て、勘三郎叔父が顔を寄せてきた。
「笑わんでくれよ、俊郎。オレだって恥ずかしいんだから」
 叔父はプチシューを頬張ると、話を続けた。
「俺が物心付いた頃、お袋はまだ二十代だったけど、そりゃもう綺麗だったよ。学校の授業参観になるともう鼻高々でね。よそのクラスから覗きに来る父兄がいたりして、授業どころじゃなかったよ。ははは」
「ばあちゃんが映画出演したって本当ですか?」
「うん、端役だったけどね。十代で銀幕デビューして、いよいよこれからって時に、親父と婚約して引退。もったいない話さ。まあ、体が丈夫じゃなかったから、かえって良かったのかもしれない。とはいえ、産んだ子供が四人。大したもんだ」
「二人はどこで知り合ったんですか?」
「お袋の家はお隣さんだったんだよ」
「それじゃ、幼馴染み……」
「そう。親父とお袋は小さい頃から一緒によく遊んでいた。遊び場は主に家の庭でね。木に登ったり、池の周りを走り回ったり。かと思えば、蔵の中で本を読んだり。一人っ子だった親父にとっては唯一のご近所友達だったらしい。
 それが年頃になると、互いに意識し始め、ついには結婚しようと約束するようになった。ところが親父の親父というのが頑固な人で、女優なんぞもってのほかだと大反対。しかたなく、外でこっそりと逢ったり、庭のどこかに秘密の連絡場所を設けて、手紙のやりとりをしたりっていう時代があったんだって。お袋が以前話してくれた」
 最後はしみじみとした顔で呟いた。
 画面の中では、玄関の松の木の前で、子供たちに囲まれた忍ばあちゃんが、こぼれんばかりの笑みを浮かべていた。
『みんなー、大きくなったら、お父さんのお仕事を手伝ってあげてねー』
『うん』
『いいよー』



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