「うへっ、パパ様、どうかご勘弁を〜」 根っからのお調子者、勘三郎叔父のおどけた声に、じいちゃん火山は再び噴火しそうな気配。 「うぬぬぬぬぬ……オイ、勘次郎!」 怒りの溶岩は、三男の前を通り過ぎて、次男へと流れの方向を変えてしまった。 「おまえはワシの顔に泥を塗るつもりか?」 「なんですと」 今度は勘次郎叔父も、じいちゃんを睨みながら立ち上がった。二人は今日初めて視線を交えたことになる。 喜々としてデザートに舌鼓を打っていた親戚たちは、何が起きたのか理解できず、ポカンとして顔を見合わせている。無理もない。ずっと二人の表情を追っていなければ、オレだって、じいちゃんの今の言葉の真意を理解できなかったろう。 あたりがしんと静まりかえった。 どこか遠くでウグイスの鳴く声がする。 ううーん、この緊張感、誰か助けてくれ。 「お父さん」 その時、森山周一郎ばりの低音ヴォイスがじいちゃんを呼んだ。そうだ、この人がいたんだ。 長男、勘太郎叔父である。 「なんじゃ、勘太」 じいちゃんは昔から長男を勘太と呼ぶ。呼ばれた叔父も、この軽い呼び名を受け入れている。 前にも書いたが、勘太郎叔父は卵のような体型、卵のような顔をしている。兄弟で一番の長身で、なで肩。そのシルエットはまさにトトロだ。肌はすべすべと血色よく、髭(ひげ)は薄い。 オレはこの叔父が感情的になったり、物に動じた場面をかつて見たことがない。その表情は絶えず笑みを浮かべているようでもあり、思索に耽っているようにも取れて、とらえどころがない。 鷲村製菓の現社長。 その彼が、初めて声を発したのだ。 「今日は、特別な趣向を用意しておられると聞いたのですが?」 いい声だ。しかし特別な趣向とは? 勘太郎叔父の顔が控え室の方を見た。つられて皆も首を回してそちらを見る。 控え室の半開きの扉の陰から、多々良さんの顔が覗いていた。多々良さんはいきなり自分に視線が集中したので、どぎまぎしている。 お文が駆け寄り、多々良さんが手を添えていたキャスター付きのラックを部屋の中に引き入れた。多々良さんもつんのめるように入ってきた。 勘太郎叔父が無言でじいちゃんを促す。 じいちゃんはまたしても爆発するタイミングを逸し、かなり不満な様子だが、訝(いぶか)しむ親族たちを放ってはおけず、一つ空咳(からぜき)すると説明を始めた。 「以前から我が家には、古いフィルムが残っていることは皆さんもご承知の通りじゃ。じつはこのたび、新たな8ミリのフィルムを発見しましての。それを今日はお見せしたい。被写体はもちろん、我が妻、忍(しのぶ)じゃ」 オオという声が、ここかしこで挙がった。 部屋が徐々に暗転した。向かいの天井からスクリーンが降りてくる。 ラックに載せられていたのはビデオプロジェクターだった。多々良さんは部屋の中央に固定すると、壁から電源を確保した。 スクリーンに真っ白な矩形が映し出された。じいちゃんが頷くと、多々良さんがビデオデッキの再生ボタンを押した。 スクリーンに、晩年のばあちゃんが登場した。七十歳を前にしたばあちゃんは、長年の苦労で曲がった腰のまま、とぼとぼと歩いている。その笑顔はオレを追憶の彼方に誘ってくれるようだ。 なるほど、これが特別な趣向か。しかしこれ以上、今日の日にぴったりの趣向があろうか。 「さて次にお見せするのが新発見のフィルムで、昭和四十年の撮影じゃ」 |