エピソード1

再現屋、産声を上げる

【37】品評



 じいちゃんの喉がレンズの中で大写しになる。
 ごくり。
 嚥下(えんか)音はオレの喉が発したものだ。
 オレはじいちゃんとシンクロし始めている。
 肉親というより、一俳優として見ている自分。
 気楽なホームビデオを撮っているのではない。
 これは記録映画だ。
 オレは自分がここで何をしているのか、何をすべきか、ようやく胸に収まった気がする。
 心をレンズの中に集中させる。
 と、じいちゃんの口が僅かに歪んだ。
 オレはレンズを急速にズームアウトさせ、バストショットで彼の次の動作を待った。
 じいちゃんは含みのある表情を見せながら、上半身を、勘次郎叔父の方へと向けた。
 ひとつ深呼吸をしたかと思うと、口が開いて、
「これ、めっちゃウマい〜〜〜」
 じいちゃの口がアワアワと動いた。
 ん?
 声の主は、じいちゃんではない。シンクロするオレでもない。
 さきほどの双子の男の子のひとりだった。母親に向かって、プリンの容器を高々と示している。
 映像的には、じいちゃんの演技に子供がアフレコしたような形になってしまった。
 子供は母親に向かって、もう一つちょうだいと無邪気にねだっている。
 じいちゃんは、結局、しゃべるのをあきらめたようだ。頭をつるんと撫でながら苦笑している。
 子供に気をとられて見逃したが、一方の勘次郎叔父は……すでに無表情に復していた。
 じいちゃん対勘次郎、ひとまず回避か。
 勘三郎叔父が、子供に声を掛けている。
「こっちのお芋のプリンも食べてごらん。美味しいよー」
「ホントだ、おいしー」
「だろう? これはね、おじさんが特に力を入れて調整した味なんだ。うまいはずだよ」
 そんな叔父の思いに頓着することなく、子供は口の周りを芋の色に染めて、食べ続けている。
「このチーズプリンもいいな。最高だね」
 周囲の耳を意識しすぎて、独り言が棒読みのようだ。勘三郎叔父は絶対、役者はなれないな。
 我が息子の子供じみた自画自賛にうんざりしたんだろう、じいちゃんの眉間の皺が増え、また浮かない顔になってきた。
 親子間の確執を長々と見せられて、いささかオレも疲れ気味だ。少し休憩しよう。
 オレはテーブルに戻ると、お薦めの芋プリンに手を伸ばした。
 うん、確かに旨い。甘党でないオレでも、二個目が欲しくなる。これはひと通り、洋菓子だけのカットも押さえておいた方が良さそうだ。
 次にモカエクレアを賞味してみる。これもまた美味だ。悔しいけれど、叔父たちの手腕を認めないわけにはいかないな。
 洋菓子の事実上のターゲットは、子供ではなく、女性である。世の女性たちの甘みに対する嗜好によって商品のメニューや味が大きく左右される。
 この場においても、女性たちの盛り上がり方はスゴい。あちらこちらへ手を伸ばしては、休むことなく口に放り込み、互いに品評し合っている。今日が何の集まりなのか、既に彼女らの念頭からは消え去っているに違いない。
 オレはコーヒーで一息つくと、バウムクーヘンを一切れ頬張った。うーむ、絶品。
 横で勘三郎叔父が、浮かれたように騒いでいる。
「カーッ。俺ってやっぱり菓子作りの天才だね。このブルーベリーパイ、サイコー!!」
 するとまた、じいちゃんが雷を落とした。
「勘三郎、いい加減その軽薄な物言いは止めい!!“最高”は一つしかないから最高なんじゃ。おまえには、いったい幾つ最高があるんじゃ!?」



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