エピソード1

再現屋、産声を上げる

【36】洋菓子の海



 勘次郎叔父は、早口でそう言い放つと、軽く右手を挙げ、パチンと指を鳴らした。するとその合図を待っていたように、従業員総出じゃないかと疑うほどの数の給仕係が現れた。
 食事の皿が瞬(またた)く間に片付けられていく。入れ替わりに、別の給仕係たちが、それぞれキャスター台を押して登場した。
 子供や若い女性たちが明るい嬌声を上げた。親たちもそれに倣(なら)って歓声を上げた。なぜなら、彼らの目の前には、次々と、多種多様な洋菓子がズラリ並べられたのである。
 最初に目を奪われたのは、六つの大テーブルのそれぞれ長手方向に、三つずつ置かれた巨大なデコレーションケーキだ。それも、苺のベーシック、シフォン、チョコ、チーズ、フルーツなど、子供でなくても目移りする。いずれも店頭販売のサイズじゃない。今日のために用意されたのだろう。
 デコレーションケーキを大樹に例えるなら、周囲を飾る花は、ロールケーキやタルト、ミルフィーユなどのレギュラーサイズのケーキ、さらには、シュークリームやエクレール、マドレーヌなどの柔らか系、クッキーなどの乾きもの系、その他、ワッフル、スイートポテト、各種ゼリー、ティラミス。なんと、どら焼きや鯛焼きまである。
 極めつけ、最後に登場したのが、プリンだ。
 カスタードプリンにバナナソースやリンゴソースを掛けたもの、マンゴープリン、抹茶プリン、黒ごまプリンなどが鈴なりである。
 どれもこれも食べる前から、目を楽しませてくれて、ざわめきは容易に収まりそうにない。
「すべてこの春、再編成した商品の数々です。お好きなものからお召し上がりください」
 先程まで無表情だった勘次郎叔父。今やまるで一国の王のように勝ち誇った顔をしている。洋菓子界で急成長した企業の顔。業界紙の表紙を飾ったこともある顔。その表情は、満艦飾豊かな洋菓子を家来のように引き連れて、まさに勝ち組ここにありと言わんばかりに破顔している。
 しかし、彼が一瞬、じいちゃんの方に向けた眼差しには、一抹の不安が混じっていたことを、オレのビデオカメラは逃さなかった。
 じいちゃんは周囲の盛り上がりをよそに、じっと目の前の皿を見つめている。そこには何のソースもかけられていないカスタードプリンが、ぽつねんと皿の中央に鎮座している。およそ一分間はそうしていただろうか。突然ガバッと両手を挙げ、羽織の袖を翻すや、素早い動きで、右手に持ったスプーンを抉るようにプリンの腹に突き立てた。
 オレは間髪入れず、右足を軸に体を回転させ、勘次郎叔父の顔にレンズを向けた。叔父は目だけで、じいちゃんの横顔を凝視している。
 間違いなく今日のポイントだ。
 レンズをじいちゃんに戻す。じいちゃんはプリンの乗ったスプーンを静かに上昇させていく。叔父の自信作であるプリンの粘性を確かめようとしているかのように。
 まさに真剣勝負。親子対決。プリン戦争。
 オレはカメラがブレないよう注意して、生唾を飲み込んだ。背中を汗が伝っていく。
 スプーンの上でぷるるんと震えるプリンが、じいちゃんの目の高さに持ち上げられた。色つやを見ているのか、揺れ具合から密度を推し量っているのか。
 やがてスプーンは口許へと近づいた。じいちゃんは背筋をピンと張り、両肘を水平に構えている。その姿は、幼少の頃に見た、プリン職人として脂の乗った頃のじいちゃんを彷彿とさせる。
 じいちゃんはおもむろに口を開けた。
 パクッ。
 入った〜!! さてその評価は如何に?
 勘次郎叔父の額に一筋、汗が流れ落ちる。
 じいちゃんの顎が、もそもそと動く。
 レンズはその表情に迫るべく、ズームインする。



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