エピソード1

再現屋、産声を上げる

【32】 息子たち



 ばあちゃんの三回忌は、鷲村家なじみのホテルの広間で行われた。撮影には少々暗く、ライトが欲しいところだがそうもいかない。
 参列者は子供を含めて五、六十人ぐらいか。
 カメラはできるだけ目立たない位置に立てた。窓際に大きな花瓶があったので、その陰からまずは参列者の横顔を撮ることにする。もう一台の旧式カメラで席の背後から無人で定点撮影している。
 すでに親族のほとんどが焼香を済ませた。オレは三脚の上でカメラを回転させ、最前列に居並ぶ顔をゆっくり舐めるようにパンしていく。
 こんな日に不謹慎だが、最新のビデオカメラを動かせることにオレは気分が高ぶっている。
 そもそも、鷲村家で映像の虜になったのは、何もオレが最初ではない。じいちゃんも曾祖父もその時々の撮影機材に手を染めていた。だから家には昔のフィルムが結構残っている。屋敷の裏手の蔵には、明治時代のフィルムだって現存しているという話だ。しかし鷲村家からは映像で身を立てようという人間は過去一人も出ていない。あくまで趣味なのだ。オレがその最初の人間になるつもりだったのだが……。いやまだ希望を捨てたわけじゃない。うん。さあ撮影に集中集中。
 折り畳み椅子に大きな体を窮屈そうに押し込んでいる男性は、長男の勘太郎さんだ。五十三歳。卵のような印象を与える体型は、また一回り大きくなったようだ。体を前後に揺らす癖も相変わらずで、目が細いから、常にうたた寝しているように見える。横でしゃんと背筋を伸ばしている細身の奥さんと好対照だ。
 その隣、日に焼けた精悍な顔付きで、ばあちゃんの遺影をじっと見つめているのが、三男の勘三郎さん。黒のスーツ姿がこんなに似合わない人も珍しい。若い頃からさまざまなスポーツに手を染め、五十一歳の今も冬はスキー、夏はサーフィンにと出かけていく。ピンと張ったヒゲを剃れば、じいちゃんに一番似ているだろう。
 その向こう、さっきまでぺこぺこと頭を下げて、遠来の親族を労(ねぎら)っていたのが、四男の勘四郎さん。五十歳。肌寒い部屋の中でしきりと汗を拭っている。小柄に見えるが、他の兄弟に劣らず身長はある。猫背のせいで損している。
 あと、ここにいない兄弟は、オレのお袋と次男の二人だ。お袋は海外逃亡中だから仕方ないとしても、もう一人はどうしたんだろう。
 ひととおり、重要人物の横顔が撮れたので、移動しようと腰を上げたところに、諍う声が広間の外から聞こえてきた。
「こんな時間に来おって、親不孝者が」
「外せない打ち合わせがあったのですよ」
 ああ、始まった。感情的な言葉を吐いてるじいちゃんとは最もソリの合わない人物の登場だ。オレは再び腰を下ろし、ファインダーを覗き込んで、最後の被写体がフレームインするのを待った。
 入口に現れたのは、次男の勘次郎さん、五十二歳。黒々とした髪を丁寧に七三に分け、縁なし眼鏡の奥に光る鋭い切れ目。グレーのスーツに包まれた体から発する印象は、まさに切れ味鋭いナイフ。彼が広間に足を踏み入れた途端、室温が三度ほど下がったような気がする。すたすたと早足で最前列に来ると、他の兄弟たちを一瞥した。
 そのまま前に進み、極めて効率的な動きで焼香を済ませると、極めて効率的な動きで着席した。
 鷲村四兄弟の揃い踏みだ。
 どの叔父さんも個性的だから、ワンカットに収めるのはもったいない。あとで一人ずつ念入りに撮ることにしよう。
 法要が終わり、参列者は隣室の会食ルームへと移動した。オレはできるだけ各人の打ち解けた素顔を狙おうと、ビデオカメラを手持ちにして、レンズを向ける。しかしまさかあんな情景を撮ることになろうとは。



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