エピソード1

再現屋、産声を上げる

【31】 朝の電話



 オレはじいちゃんにビデオカメラの礼を言った。
「ハッハッハ、撮ったらおまえの得意な編集も頼むぞ。バイト代はちゃんと払うからな」
 じいちゃんはご機嫌だ。しきりに膝を叩いて笑う。帰宅直後は険しい表情をしていたゲジゲジ眉毛もすっかりハの字になっている。
「旦那様。明日がございますから、あまり過ごされませんように」
 お文がしっかり釘を差す。若い頃からじいちゃんに対して少しも物怖じしない。その性格を買われて身の回りの世話をするようになったのだが、すっかり板に付いている。本当の父娘みたいだ。
 反対に多々良さんはマイペースだ。あくまでお抱えという立場に徹し、微笑みながら、机の端っこで黙々と口を動かしている。
「ハッハッハ、今夜は俊郎の土産話に酔わせてもらうかな。どうだ俊郎、東京タワーには行ってみたか? 浅草はどんなだった?」
「そんな、お上りさんじゃないんだから。……そうだ、じいちゃん、明日ね、オレの知り合いが来ることになってるんだ。じいちゃんのプリンにいたくご執心らしいよ」
「ほお、女性か?」
「よく判ったね」
「もしかして、おまえのフィアンセか?」
 じいちゃんが丸い目を大きく見開く。お文も身を乗り出してオレの表情を覗き込む。
「いやだなあ。違うよ。東京で知り合ったんだけど。これから関西で一緒に仕事することになりそうなんだ」
「ほーほー。んで、カノジョか?」
「違うって!」

 タタタ、ターターター、タータタター
『七人の侍』がオレを呼ぶ。
 携帯の着信音だ。布団の中から手を伸ばし、通話ボタンを押す。
「はいー。菊池です」
『トシぃ?』
「なんだ、志乃か」
『あのな〜、あたしな〜』
「どうした?」
『お腹こわしてん』
 オレは持ち上げかけた頭を枕に落とした。
『もうビチビチでな〜』
「そんなん、説明せんでいい!!」
『だってぇ、お母さん、駅弁食べてくれへんかってんも〜ん』
「ぜ、全部食べたのか?」
『……ウン』
 呆れた。呆れた。言葉がない。
「じゃあ、今日は無理だな」
『ごめんな〜』
「しかたないよ。お大事に」
『しくしくしく。プリン〜』
「いい加減にしろって」
『ほんでも、トシ、寝起きみたいな声やなぁ』
「だって、この電話で起こされたんだから」
『もうお昼前やで』
 携帯の時計表示を見る。十一時二十分。
 寝過ごした! 法要は十時からなのだ。

 屋敷には誰も残っていなかった。お文も多々良さんも早朝から準備に出ると言っていた。昨晩、酔い潰れて目覚ましを掛け忘れたオレのミスだ。
 あわててビデオカメラ一式を収めたバッグを肩に掛ける。お文の買い物自転車を車庫から出すと、飛び乗って表の坂道を一散に駆け下りた。
 法要は駅前の斎場で行われる。オレが到着した時はまだ焼香が続いていた。予定より遅れている。
 オレは息を整えて焼香を済ませると、すぐに三脚を立てて撮影の準備に取りかかった。着席の数人が何してるんだろうという目で見ている。



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