エピソード1

再現屋、産声を上げる

【30】 プレゼント



「旦那様ーーー」
 屋敷の奥から別な声がした。
「やあ、坊ちゃん、おかえりなさいまし」
 小走りに出てきたのは、長年じいちゃんのお抱え運転手を勤めている多々良(たたら)さんだ。
「うん、帰ってきちゃった。またよろしく」
「はい、よろしく」
 多々良さんはオレに向かって丁寧にお辞儀すると、あわてて靴を履いた。
「じいちゃんが寄り合いだって?」
「会議ですよ。夕方には戻りますので、久しぶりにお相手してあげてください」
 言い残すと、じいちゃんの後を追って車庫へと駆けていった。もう五十代半ばだと思うが、せっかちなじいちゃんと付き合ってると足腰が鍛えられそうだ。

 庭に面した廊下を渡っていくと、いいにおいが漂ってきた。引き寄せられるように台所に入る。
「あれま、坊ちゃん、おかえりー」
 元気な声は多々良さんの奥さんだ。やはり長年鷲村家の家事一切を取り仕切っている。
「お文(ふみ)さんも変わらないね」
「よお言わはりますわ。東京行って口ばっかり上手になりはって。何人女子を泣かしたことやら」
 お世辞に聞こえたらしい。見たままを口にしたんだけど。そういえば若干腰回りが……。
「このにおいは、おでんだね」
 オレは話を逸らした。
「はいはい。坊ちゃんの大好物やから、あんじょう煮込んどけって旦那様が」
 白い前掛けは、昔から変わらず、お文さんのトレードマークである。
「そうそう。早く、お部屋に行ってごらんなさいまし。ビックリしはるわよ」
 そう言って、おたまで二階を指し示した。

 自分の部屋に入ったのは七年ぶりだ。ばあちゃんの葬儀の時には、屋敷の敷居を跨ぐことなく東京へとんぼ返りしたんだった。
 部屋の様子は大学を卒業した時のままだった。勉強机や本棚の上にはチリ一つない。お文さんがせっせとはたきをかける姿が想像される。
 八畳敷きの畳の三分の一は段ボール箱で埋まっていた。東京から送った荷物だ。まずは明日使うビデオカメラを取り出さなきゃ。大学時代に使っていたものだが、東京ではほとんど使う機会がなかった。荷造り前に確認したらちゃんと動作したので大丈夫だろう。ビデオテープだけは買いに行かなくては。
 見慣れない箱が目に入った。机の上に置かれたそれは、オレが送ったものじゃない。
 リュックを畳の上に置き、近寄ってみると、箱の横に印刷された文字が読めた。と同時にオレは握り拳を作ってオオオと雄叫びをあげてしまった。
 V社製のビデオカメラじゃないか!!
 昨年発売されたばかりの、家庭用としては初めてのハイビジョンカメラGRbHD1だ。
 箱の横に封書が添えられている。中の便箋を取り出してみると、こう書いてあった。
「カメラ贈呈する 明日の撮影頼む  勘兵衛」
 他にテープが十本。堅牢な三脚もある。どうやらオレが実家に戻ってきたお祝いの意味も含まれているらしい。早速箱を開封したオレは、日が暮れるまで取説を読みふけった。

「さあ、飲め飲め」
 じいちゃんはお銚子を持って、しきりに勧めてくる。オレもイケる口なので逆らわない。
 夕餉(ゆうげ)を囲んで座敷に集まったのは、他に多々良さん夫妻だけ。なんともささやかな夕べだ。
 寄り合いで議論が紛糾したらしく、じいちゃんの顔は、帰宅した時から既に真っ赤だった。



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