「見て見て、富士山や。きれいやなあ」 最後の焼売をつまんだ箸で指し示す先には、なるほど好天に恵まれて、富士がその偉容をあますところなく見せている。 そのまま焼売を口に運んだ志乃は、弁当の折りを閉じた。とうとう二つまで完食しやがった。見てるこっちの腹具合がおかしくなりそうだ。食い物の話から離れたい。 「なあ、今後のオレたちの活動方針について、話し合わないか? 当面の予定ぐらいは考えておかないと」 「さんせー」 「志乃は、東大阪の実家に帰るんだったな」 「うん。お母さん、寿司買うて待ってるって」 思わずゲップが出そうになった。 「トシは確か、明日がもうおばあちゃんの三周年記念日やったわな」 「三回忌と言ってくれ。なんだかお祝いするみたいに聞こえるよ」 「サンカイキ? それかて似たようなもんやん。カイキ祝いって言うぐらいやから」 「全然違うー!!」 頭がおかしくなりそうだ。 通路を売り子がやってきた。志乃はビールを二つ買い、乾杯しよ! と一つをオレの前に置いた。 カチンと缶を鳴らして口を付ける。染みいる喉ごしがたまらない。……こんな物見遊山な観光気分でいいんだろうか。将来の目算も立たないというのに。 「そんなムズカシイ顔してやんと。富士山みたいにデーンとしとったらええねん。デーンと」 それもそうか。今しばらくは。 「ほんで明日は、ばあちゃんのために親族一同が全員集合するんやったね」 「ああ、あのばあちゃんのためだからね。仲の良いも悪いもなしさ。オレ、その席をビデオで撮影しろってじいちゃんに頼まれてるんだ」 「え、ほんまに」 「ちゃんとバイト代払うからしっかり撮れってさ。あの親子たちだから、またひと悶着起こすんじゃないかと気が気じゃないんだけどね」 「あたしも行くわ」 「志乃が? だって親族だけ……」 「アンタの撮影初仕事やろ。それやったらおっつけ役のあたしがおらんと」 「お目付?」 「そう、それ。憧れのおじいちゃんにも会えるし、ちょうどええやん」 「プリンは出ないかもしれないぞ」 「うそー。そんなんイケズやわ」 両手で自分の顔を挟んで、唇を尖らせる志乃。 「本当に来るのか?」 「行く行く絶対行く。おじいちゃんに伝えといて。あなたのファンの美女がご挨拶に伺いますって」 新幹線はトンネルに入った。ゴーッという音が耳を聾(ろう)する。 言い出したら引かない聞かない止まらない女。まさか皆の前で場違いな言動をとったりはしないだろうが。若干の不安がつきまとう。 トンネルを抜けた。空はどこまでも青く、見渡す限りの緑の丘が目に鮮やかだ。 逆に、彼女の存在が、ギスギスした場をやわらげてくれるかもしれない。いやきっとそうなる。そう信じたい。 三つ半。それが新大阪に到着するまでに、志乃が腹に入れた駅弁の数だ。「負けた〜」と連呼しながらも苦しそうに胃のあたりを押さえている。オレが自分の残した四箱を持てあましていると、 「いらんかったら、もろうてくわ。お母さんにあげるねん、東京土産ですーって。アハハハハ」 オレたちは梅田で別れた。 さあいよいよじいちゃんとの再会だ。 |