車窓を流れる風景を見ていると、長かった東京での生活がまるで夢まぼろしのように思えてくる。これから向かう大阪では何が待ち受けているだろう。西行きは本当に吉と出るのか? 「なあトシ、アンタんとこのおじいちゃんて、一人で会社大きくしはったんよな」 まずは鰻弁当を軽く平らげた志乃は、次はどれにしようかと思案顔で訊ねてきた。 「ああ、それまで小さなお店だったのを、一代で大会社にしてしまったんだから、やっぱり大した人なんだよなあ」 「何作ってる会社やの?」 「洋菓子」 「へー。おっしゃれー。名前は?」 「鷲村製菓」 「わしむら……? えーーーーーーーーーっ!!」 志乃の絶叫が車内に響き渡った。いくつもの顔がこちらに非難の視線を向けた。 「それって、ひょっっっとして、あのワシムラ?“天使のプディング”の?」 「知ってたか」 「そらそうよ!! 去年、代官山店がオープンしたとき、あたし並んだんやから!!」 志乃は椅子を激しく揺らし、手足をバタバタさせながら全身で興奮を表現している。 「そうと知ってたら後輩らと、アンタ先頭に立ててお店へ乗り込んだったのにな。この御方をどなたと心得るー。畏(おそ)れ多くも、えっと、じいちゃんの孫であるぞー」 「それじゃ判らないって」 「タダでなんぼでも食える人ぞー」 「食わない」 「そやかてアンタ、小さい頃からケーキとかプリンとか、食べ放題やったやろ?」 「まあ周囲にいくらでもあったからな」 「“天使のプディング”も、たんと食べた?」 「それなりに」 「めっさ悔しーい。だってあたしさ、女優として成功したら食べに行こうと思て頑張ってたんやで。あの頃それぐらいスゴい人気やったんやから。東京でも常に人気洋菓子ナンバーワンで。そやのになんでよ。なんで急に製造中止よ!?」 今度は鼻息も荒く突っかかってくる。まるでオレが中止させた張本人だと言わんばかりに。 「待ってくれ、オレは関係ないよ」 「あるやん。孫のくせに」 「孫ったって、じいちゃんはオレに味覚の才能なしと見切ったから、就職先に困ってるときも、自分の会社には入れてくれなかったんだから。それにオレ、甘いもんはあんまり好きじゃないし」 「ゼイタク者ぉ」 志乃は二つ目の駅弁の蓋を開けると、焼売を一個つかんで、ポイと口に放り込んだ。 贅沢だなんて心外だ。言われっぱなしも癪なので、シリアスに話を続けることにした。 「プリンの製造中止も親子関係を悪化させた原因の一つなんだ。じいちゃんがある日突然止めると言い出したんだから。息子ら重役連にとってはまさに青天の霹靂(へきれき)さ。“天使のプディング”は誰もが知ってるWASHIMURAの代名詞だったもんな」 「そうそう」 志乃が大きく頷く。 「じいちゃんはそれ以前から、息子たちが洋菓子全般に事業を拡大するのを快く思ってなかったんだ。誰にも真似できない究極のプリンで身を立てたじいちゃんとしては、生涯プリンだけに我が命を捧げたかったらしい」 「一途なおじいちゃんやねー。カッコええ」 じいちゃんが褒められるとうれしい。もしどちらの味方かと問われたらオレは迷わず「じいちゃん」と答える。電話で大阪に戻ることを告げた時、じいちゃん、心から歓迎すると言ってくれたし。 |