「車が到着しましたよー」 ざわめきがひときわ大きくなり、志乃の周りに押し寄せた女の子たちは、彼女を握手責め、ハグ責めにしている。この朝、彼女らは何を置いても、大阪に帰る志乃を見送ろうと駆けつけたのだ。それでなくてもこの二週間、毎晩彼女は送別会と称して飲み会に担ぎ出されていた。志乃の人望の深さが窺い知れるが、ややお疲れ気味にも見える。オレなんて河辺さんと飲み明かしたのが、わずか一晩というのに。 「面白そうなコだね」 河辺さんがオレと並んで、志乃を評すると、 「私も最初は戸惑いましたが、気立てのいい女性ですよ」 横から綿貫管理人が言い添える。 「トシー。出発するよー」 もみくちゃにされながら、志乃がオレを呼んだ。いつの間にか「トシ」と呼ばれることに慣れてしまった。オレは河辺さんと管理人に改めて礼を述べると、リュックを肩に車へと近寄った。運転手はやはり志乃の後輩の男の子で、オレたちを東京駅へ送るため、わざわざ用意してくれたのだ。しかしなんだってオープンカーなんだ? 「志乃さん、トシさん、バンザーイ」 声を揃えた万歳三唱が巻き起こる。アパートの住人たちが戸口や窓から顔を出して眺めている。さらには通りを行き来する人たちが、遠慮のない視線を投げてくる。かなり恥ずかしい。 しかし恥ずかしいのはこれで終わりじゃなかった。オレたちが後部座席に乗り込み、いざ走り出すや騒々しい金属音がカラコロと鳴り始めたのだ。 「な、なんだナンダ?」 声を裏返して辺りを見回すオレに、運転手の男の子が笑いながら答えた。 「ちょっとした心尽くしです」 呆れたことに、音の正体は車の尻に紐で結わえ付けられた空き缶だった。 新婚旅行じゃないっつーの!! 「あはははは、やってくれるわー」 志乃は大喜びだが、オレはたまらず頭を抱えて、身体を座席に深く沈めた。 ベルが鳴り、新幹線は静かにホームを離れていく。オレはようやく人心地つくことができた。 今の今まで大変だったのだ。オレたちを東京駅まで送り届けてくれた男の子は、そのまま名残惜しげにホームまで付いてきたかと思うと、突然「姐さん、姐さん」と号泣し出したのだ。そのため、新幹線が発車時間ギリギリまで、志乃が彼の肩を抱いてベンチで慰めていた。 「久しぶりやね。トシとこうやって話できるの」 ホームに向かって手を振っていた志乃が、オレの方を振り向いてそう言った。 「だっておまえ毎晩午前様で飲み歩いてただろ」 「しゃあないやん。みんなおごったるて言うてくれるんやから」 「それでも限度があるよ。今朝、胃薬飲んでたじゃないか」 「アラ見てたのねー」 「それにさ」 オレは大きく溜息をついた。 「あの男の子も大概(たいがい)だぞ」 目の前に駅弁が積み重なっている。志乃が何でもええよと言ったためか、彼は売店の前で迷った末、五種類ずつ計十個の駅弁を買ってきたのだ。 「気持ちよ気持ち。ありがとうございます」 そう言って志乃は駅弁の山を拝んでいる。 「その気持ちを、どうするよ?」 「決まってるやん。食べたげな」 言い終わるや、手を伸ばしてまず一番上の折り詰めを解(ほど)き始めた。オレも観念して手を伸ばした。まだお昼には程遠いというのに。 新幹線はぐんぐんとスピードを上げていた。 |