「は、はえ(帰)る〜〜〜!?」 志乃は口からスプーンを引き抜くと、アイスの上に突き立てた。 「あんらほれっへほうひょうふへるっへいふほほはいは、はあ」 「あーー何言ってるかわかんねーよ」 オレは立ち上がってコーヒー茶碗を二つ用意すると、ポットのお湯で手際よくインスタントコーヒーを入れて二人の前に置いた。そして彼女を促し、しばし互いの喉を温めた。 志乃はすーっと息を吸い込むと、鋭い眼光とツバを最大出力にしてオレに浴びせかけた。 「アンタそれって東京捨てるっちゅうことかいな、なあ!」 「そう言いたかったのか」 「上京した時、夢や希望に胸ふくらませてたんと違うん? そんな簡単にあきらめてええん? 女に逃げられて、仕事がひとつ無くなったくらいで尻尾巻いて家族のところへ戻るやなんて情けないわ!」 彼女は覆い被さるようにオレに迫ってくる。 「なっ……何を言う!」 オレも負けじとテーブルに両手を突いた。 「オレのこと何も知らんで勝手なこと言うなよ!この不況の中、夢やら希望なんて邪魔なだけなんや! 今の仕事かてコンピュータが導入されりゃ吹っ飛ぶような代物だ。つまるところ、あー」 「なに!?」 「つ、つまりオレには東京の水は合わなかったってことなんや!」 すると志乃はフフンと身体を反り返らせた。 「そうやって言い訳、繰り返すわけ?」 「な、なんだと?」 「暇やったからアンタの本棚、覗かせてもろたで。あの映画の本の山はなんやの。ハウツー本やら解説本やら。アンタのまとめた卒論も読んだ。難しいことはわからへんけど熱かった。むちゃくちゃ熱かった! 公開するたびに観に行った映画を自分で評価したレポートも書いたりしてるやん。あたしは読んでおもろいと思た! アンタの夢って、映画と違うん?」 「そ、そうや、映画を作るのがオレの夢や」 「ほなら大阪へ帰ったら映画作れるん? 向こうでどないする腹づもりなんか、ちゃんと言うてみいや」 「それは……大阪には学生時代に培った人脈がある。土地鑑もある。オレの庭や!」 「そやからどないやっちゅーんよ」 「だから、こ、今度こそ本物の映画を作ってみせる! 誰も文句言えんようなスゴい作品を作って、発表してやる!」 「そう」 突然、志乃は声のテンションを落とすと、立ったまま腰に手を当てて俯いた。 「わかった。あたしも付いていく」 「えっ?」 「アンタは流されやすいタイプやから、ちゃんと締める人間が側(そば)で支えたらんと、絶対うまいこといかへん。その役目、あたしが引き受けたろう言うてんねん」 「……」 「その代わり!!……さっきの気持ち、忘れたらあかんで!!」 「あ、ああ……てことは、志乃さんも大阪に一緒に帰るってこと?」 「当たり前やんか」 「は、ははは」 「まあ椅子に座りーや」 すでに志乃はこぼれるような笑顔に戻っている。豹変の次は猫変か。 「これからの計画が決まったところで、ビールで乾杯しよ。それにしてもアンタ興奮すると関西弁、ところどころ混じるなあ。ちょっと安心したわ」 |