きょとんとしてる志乃に対してオレはテーブル越しに身を乗り出し、興奮気味にまくし立てた。 「西だよ西。アンタ言ったじゃないか。オレの運気が上がるって。西を目指せば」 しかし彼女はスプーンをくわえたまま、眉をひそめるばかりだ。オレは彼女の抱えるアイスカップの横に開封したばかりの案内状を広げた。 「ばあちゃんの三回忌を盛大にやることになったらしいんだ。だから出席しろってさ」 突然、志乃は両目をギュッとつぶると、身体を縮めた。 「ど、どうした?」 「……アイフ(ス)がひ(凍)みた」 キーンと顔に書いてある。彼女は眉間を指で押さえながらじっとそれに耐えている。その表情がおかしくてオレは思わず吹き出した。 「笑わんほってよ。ひた(舌)がまわらへんねんから」 「わかったわかった」 オレは志乃が落ち着くまで待つと、居ずまいを正した。 「どこから話そうか。えーっと、オレの母方の実家が大阪にあって、オレはじいちゃんとばあちゃんに育てられたんだ。ばあちゃんは三年前に亡くなったけど、じいちゃんは今でも健在さ」 「アンタのごりょうひん(両親)は?」 「お袋はじいちゃんの娘なんだ。でも親父との結婚を反対されて夜逃げ同然で家を飛び出した。じいちゃんは『勘当だ!』と宣言したらしいけど、お袋はじいちゃんの一番のお気に入りだった。親父が事業に失敗したとき、見かねたじいちゃんはオレを引き取ってくれた。オレの両親は再起を賭けて渡米したまま、今も向こうにいるはずだ」 「へえ。ハッホ(カッコ)ええやん」 「そんなモンじゃないって。ここ数年音沙汰なし。どこでどうしているのやら」 オレも自分のアイスを一口舐めた。キーン。 「親と離ればなれになっても、大好きなばあちゃんと一緒だったら平気だった。じいちゃんは口は悪いけど、愛娘の一人息子ってことで大事にしてくれたんだと思う」 「フンフン」 「じいちゃんは一代で会社を大きくした立志伝中の人物さ。子供たちも幸い有能な人ばかりだったから、能力主義一点張りのじいちゃんのお眼鏡にもなんとか適って、みな重役の席に納まってる。そして五年前じいちゃんは長男に社長の座を譲って会長に退いた。そこまではよかった。でも」 「おばあひゃんが亡くなりはって」 「そう。険悪な親子関係が表面化したんだ。元来ワンマン社長だったじいちゃんが、あれこれ嘴(クチバシ)を挟むからいけないんだよ。それでもばあちゃんが生きてた頃はなんとかまとまってた。ばあちゃんはそれは人徳のある人だったんだ。会社を支えた陰の功労者。裏社長なんて呼ぶ人もいた。でも経営に関しては全くの素人でノータッチだったんだけどね。それでばあちゃんが亡くなると、じいちゃんのわがままを抑える人がいなくなった。親子間の溝はますます深まった。叔父さんらが屋敷に怒鳴り込んでくることも度々あったらしい。この辺りは噂で聞いた限りだけど」 「はれまー」 「ばあちゃんの葬式の席上でも激しい応酬があったそうなんだ。ばあちゃんが死んだのはじいちゃんのせいだと罵声を浴びせた叔父さんもいたらしい。東京にいたオレも知らせを受けて帰阪してたんだけど、棺桶に齧り付いてわんわん泣いてばかりいたのでよく知らない」 照れ隠しにまた一口アイスを頬張った。 「それからさ。事あるごとにオレに実家へ戻って来いと催促するようになったのは。ああ見えて、寂しいんじゃないかな、じいちゃん」 オレはカップをテーブルに置いた。 「だからこの際、大阪に帰ろうと思うんだ」 |