エピソード1

再現屋、産声を上げる

【16】 アイスクリーム



 志乃の魔女疑惑?に気持ちを整理できないまま、オレは社用車をアパート裏手に止めると、塀越しに自分家の様子を伺った。またぞろ後輩さん達が押し掛けてるんじゃないかと危惧したが、今夜は電灯の明かりも揺れておらず、静かだった。
「ただい……おわっ」
 玄関の扉を開けた途端、濡れた物が顔にペタリと張り付いてきた。思わずのけぞって逃げたオレは後頭部を扉に打ち付け、三和土にうずくまった。よくよく災難続きの頭である。
「おかえりー」
 志乃の声が奥から聞こえてきた。オレは頭をさすりながら顔を上げた。
 台所には幾本ものロープがあちらからこちらへと渡されており、十重二十重に洗濯物が干してある。さっき眼前に迫った物体はオレのナマ乾きパンツだったのだ。
「これは……」
 志乃がテーブルを伝いながらやってきた。
「足の調子もだいぶ良ぉなったし、これぐらいさせてもらわんと罰当たると思てな。洗濯機覗いたらエラい溜まってたからねー」
「す、すまん」
 一応礼は言ったものの、暖簾代わりにアレではご近所の体裁が悪い。
「こんなに大変だったろう。無理しない方が」
「ノンノン。あの子らがほとんどやってくれたよ。洗うんから干すんまで」
「ええ!?」
 うら若き乙女たちが喜々として下着を干すの図。
「今日はお陽さん出てなかったから、部屋干し&ストーブ焚きっぱなしでしたー。そんなことよりそこに座って。今日はまたまた御馳走やで」
 志乃は足を庇いながら皿を出し、鍋からホカホカと湯気の上がるシチューをよそってくれた。
 食後にはさらにデザートまで出た。
「スペシャル・ヘルシー・アイスクリーム。これもあのコらが作ってきてくれてん。カロリー低いし糖分控え目。疲れた体にはタマらんでー」
 帰宅したら開口一番、“猫”のことを訊ねようと思っていたオレだったが、完全に機先を制されてしまった。どうあがいても志乃のペースからは逃げられないようだ。
「このレシピもな、あたし製やねん。アハハ」
 自慢げに笑うその顔は、まことに屈託がない。
 冬の夜、暖かい部屋の中で食べるアイスクリームは、妙に気持ちを落ち着かせる。オレは志乃に猫の話をするのを止めた。元々は彼女の寝言だ。問われても返事に窮するだけだろう。
 それでも確信はある。あれは間違いなく予言だ。オレは二度までも志乃に助けてもらったのだ。
 彼女は大きなカップを抱えて、口中いっぱいにアイスを頬張っている。
「んー、グラシャス」
「デリシャスだろ?」
 オレはやれやれと吐息をつき、テーブルに目を落とすと、そこに置かれた郵便物の束に気づいた。
「これは?」
「アンタ、ここんとこポスト見てなかったやろ?溢れそうになってますーて後輩さんが持ってきてくれやったよ」
「そっか。なんか慌ただしかったからなあ」
 ほとんどは宣伝チラシや広告DMだったが、一通だけそうでないものが混じっていた。オレはすぐさま開封した。
 中に入っていたのは一枚の案内状だった。それを見た瞬間、オレの体を、天啓にも似た衝撃が刺し貫いた。
 オレの様子がよほど不審だったのだろう。志乃が顔を寄せてきた。
「なんか悪い知らせ?」
 オレはかぶりを振った。
「志乃さんはやっぱり予言者だ」



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