志乃の魔女疑惑?に気持ちを整理できないまま、オレは社用車をアパート裏手に止めると、塀越しに自分家の様子を伺った。またぞろ後輩さん達が押し掛けてるんじゃないかと危惧したが、今夜は電灯の明かりも揺れておらず、静かだった。 「ただい……おわっ」 玄関の扉を開けた途端、濡れた物が顔にペタリと張り付いてきた。思わずのけぞって逃げたオレは後頭部を扉に打ち付け、三和土にうずくまった。よくよく災難続きの頭である。 「おかえりー」 志乃の声が奥から聞こえてきた。オレは頭をさすりながら顔を上げた。 台所には幾本ものロープがあちらからこちらへと渡されており、十重二十重に洗濯物が干してある。さっき眼前に迫った物体はオレのナマ乾きパンツだったのだ。 「これは……」 志乃がテーブルを伝いながらやってきた。 「足の調子もだいぶ良ぉなったし、これぐらいさせてもらわんと罰当たると思てな。洗濯機覗いたらエラい溜まってたからねー」 「す、すまん」 一応礼は言ったものの、暖簾代わりにアレではご近所の体裁が悪い。 「こんなに大変だったろう。無理しない方が」 「ノンノン。あの子らがほとんどやってくれたよ。洗うんから干すんまで」 「ええ!?」 うら若き乙女たちが喜々として下着を干すの図。 「今日はお陽さん出てなかったから、部屋干し&ストーブ焚きっぱなしでしたー。そんなことよりそこに座って。今日はまたまた御馳走やで」 志乃は足を庇いながら皿を出し、鍋からホカホカと湯気の上がるシチューをよそってくれた。 食後にはさらにデザートまで出た。 「スペシャル・ヘルシー・アイスクリーム。これもあのコらが作ってきてくれてん。カロリー低いし糖分控え目。疲れた体にはタマらんでー」 帰宅したら開口一番、“猫”のことを訊ねようと思っていたオレだったが、完全に機先を制されてしまった。どうあがいても志乃のペースからは逃げられないようだ。 「このレシピもな、あたし製やねん。アハハ」 自慢げに笑うその顔は、まことに屈託がない。 冬の夜、暖かい部屋の中で食べるアイスクリームは、妙に気持ちを落ち着かせる。オレは志乃に猫の話をするのを止めた。元々は彼女の寝言だ。問われても返事に窮するだけだろう。 それでも確信はある。あれは間違いなく予言だ。オレは二度までも志乃に助けてもらったのだ。 彼女は大きなカップを抱えて、口中いっぱいにアイスを頬張っている。 「んー、グラシャス」 「デリシャスだろ?」 オレはやれやれと吐息をつき、テーブルに目を落とすと、そこに置かれた郵便物の束に気づいた。 「これは?」 「アンタ、ここんとこポスト見てなかったやろ?溢れそうになってますーて後輩さんが持ってきてくれやったよ」 「そっか。なんか慌ただしかったからなあ」 ほとんどは宣伝チラシや広告DMだったが、一通だけそうでないものが混じっていた。オレはすぐさま開封した。 中に入っていたのは一枚の案内状だった。それを見た瞬間、オレの体を、天啓にも似た衝撃が刺し貫いた。 オレの様子がよほど不審だったのだろう。志乃が顔を寄せてきた。 「なんか悪い知らせ?」 オレはかぶりを振った。 「志乃さんはやっぱり予言者だ」 |