オレは今になって、志乃が心底落胆していることに気がついた。一途に夢をめざして、自分を信じてがんばってきたというのに、座長のひと言でその夢を木っ端微塵に粉砕されたのだ。これで落ち込まなければ人間じゃない。 志乃の口から吐息が漏れた。なんとか彼女をなぐさめてやりたいが、考えてみれば今のオレにそんな資格はない。ひとまず彼女の言葉をそのまま受けて答えるしかなかった。 「足首、まだ痛い?」 「うん」 「松葉杖はどこから持ってきたの?」 「これも後輩のあの子らが持ってきてくれてん」 「へえー。至れり尽くせりだなあ」 「えへへ」 志乃は少し笑い、つられてオレも笑った。 「そういやさ、昨日初めて会ったとき、妙なお告げみたいなことを言ってたろ。あれってどういう意味?」 「昨日……」 「たしか“運気は今日から上昇する”とかって」 「うん、言うた言うた」 「あと“西を目指せ”だとか」 「そうそう」 「もしかして、でまかせだったのかな」 「そんなことあらへーん」 志乃は枕にしていた右腕から頭をもたげた。怒らせてしまったかと身構えたが、何事もなかったように今度は左腕を枕にしてテーブルに伸びた。 「ワタシのお告げって、めっさ当たるんやで。知らんやろー」 「そりゃ知らないよ」 「よう聞きや。ワタシの勘って天気予報より当たる確率高いんやで」 比べるものが微妙だ。 「今までで一番スゴいのがなー、劇団の看板役者の男優さんがな、飛行機で北海道へ移動するいう日に、ワタシ、飛行機が落ちる夢見てん。そんで必死になって止めたんよ。ギリギリでも間に合うんやったら新幹線で行けーちゅうて」 「うんうん、それで」 「それでな、ワタシが後輩らと一緒になって説得したもんやさかい、男優さんもやっと思い止まりはってん。そしたらな……」 ごくり。 「エンジントラブルとかで飛行機、途中で引き返しよってん。乗ってたら絶対に間に合ってなかったわ。あとでエラい感謝されたでー」 ……落ちなかったのか。 「それはスゴいよ。ホント、スゴい」 志乃は得意満面だ。彼女が気を良くしたのならそれでいいや。 「それじゃ、オレの運も本当に開けるのかな」 「もう開けてるやん。ワタシと会(お)うたし」 「ああ……たしかにそうだな。これは認めざるを得ないといったところか」 「ふふふ。ふ、ふわわわわ」 志乃は大きな口を開けて欠伸した。時計を見るともうかなり遅い。 「そろそろ寝たら?」 「うん……なあ、足の怪我が治るまで、ここに居ててもかまへん?」 「ああ、いいよ」 オレはできるだけ、さりげなく答えた。 「お風呂、さっき沸かせて入らせてもろたよ。アンタも入ったら」 「うん、そうする」 オレは湯船に浸かりながら、妙に満ち足りた気分になっていた。昨日はすべてを失って目の前が真っ暗だったはずなのに。現金だなオレって。でも今夜はゆっくり眠れそうだ。 しかしその夜、引き戸の向こうから聞こえてきた志乃の恐ろしげな声に叩き起こされてしまった。 |