年齢か。根無し草のような生活を送ってるうちに、気がつけば三十代。オレも志乃も、それぞれ人生の岐路に立っているわけだ。 「アンタって関西弁、出ェへんねんなあ。うらやましいわ」 志乃は色白の顔をビールでほの赤くしている。 「でもさあ、志乃さんはあんなにたくさんの後輩に慕われてるんだねェ。姐さん姐さんって。感心通り越して尊敬するよォ。オレなんて、大阪いるときも、東京来てからも、友達なんてひとりもできなかったからなァ」 「女にも逃げられたしなぁ〜」 「るせェ。っくしょー」 オレもアルコールが回って呂律がかなり怪しくなってきた。彼女もかなりデキあがってるようで、二の腕を枕にしたまま、おつまみの山に指を突っ込んで遊んでいる。 「ワタシもさぁ〜昨日さぁ〜」 「んー」 「“おまえは役者に向いてない”。座長にハッキリ言われてん」 「……」 「“今後は役者としては使わん。劇団に居たいなら裏方に回れ!”て。一旗揚げたる〜とか有名になって故郷にニシキゴイ飼うたる〜て思てたワタシにとって、辞めてまえ言われるのと一緒や」 オレは訂正もせずに聞いていた。 「昨日は厄日や、天誅殺や〜」 志乃はイヤイヤするように体を揺すった。すると志乃の目から大粒の涙が……ではなく、鼻の穴から鼻水がツーッと垂れた。 オレはティッシュを箱ごと無言で差し出した。志乃も無言で受け取り、チーンと鼻をかんだ。 「バイト先でもなぁ……焼肉屋でバイトしてんねんけど結構かわいがられてるんやで。威勢がエエ、江戸っ子みたいな上方ネエちゃんて……」 今朝の電話はそれだったか。 「いつでも社員にしたるて店長も言うてくれるけど、やっぱり夢は“ハリウッド女優”やんか」 やんかと言われてましても。オレは相槌を打って、できるだけ優しい口調で話しかけた。 「劇団なんて、他にもあるだろう?」 オレの問いに、志乃は視線をさまよわせた。 「……ううん。そやないねん……弱点」 「弱点?」 「ていうのかなぁ。いうんやろなぁ。座長が“向いてない”言う理由、ようわかるんや。ワタシも気ィついてたから」 「理由って……演技が上手くないってこと?」 「結局はそうなんやろうけど、座長はウマいこと表現してくれはったわ」 志乃は、飲み干した缶ビールを持ち上げた。 「“空っぽ”」 「え……」 「なんぼ科白しゃべってても、演技してるつもりでも、全然響けへん、全然伝わってけえへん……空っぽだそうです!」 つまりは、大根ってことじゃないか。 「“オマエは自分が嫌いだろ。だから演じてるつもりでも、役柄を受け止めず、逃げてばかりいるんだ”やて。言われた瞬間、座長に向かって、鋭い〜って叫んでしもた。それでまた叱られたわ」 演劇の専門的なことは判らない。けれど、さぞかしショックだったろう。虚ろな役者……。 「ずぼ、ずぼ」 「……図星?」 「そう、それ! ワタシかてそれくらい指摘されんでも判ってたっ。でも認めたくなかってん」 志乃は唇を曲げて、嗤(わら)った 「ここまでかな〜、夢見んのも。捻挫した足見せたら、座長のヤツ、ホレ見ろて笑いよるやろなぁ。昔やったらあれぐらいの高さ、平気で飛び降りれてんけどね……」 |