「劇団って、アンタ女優さん?」 「みたいやったヒト」 「みたいって???」 志乃は眉間にしわを寄せ、両手をクロスした。 「あか〜ん、質問ストップ。料理冷めてまうがな。先に食べよー」 そう言って箸を手に取ると、いただきま〜すを高らかに宣言し、山のようによそったご飯をかき込み始めた。オレも空腹の絶頂だったから考えるのは後回しにして頂戴することにした。 ふと目を上げると、キッチン向こうの窓ガラス越しに大家の綿貫が手を振っている。すっかり忘れていた。 「ちょっと待ってて」 「どないしたん」 箸をくわえたまま振り向いた志乃は、 「ギャッ! 覗き魔!」 「ち、違う。大家さんだよ」 「スケベな大家」 「そうじゃないって。この部屋で知らない人間がワイワイやってたから心配して見に来たんだよ」 オレは玄関から顔を出して、綿貫に頭を下げた。 「すいません。知り合いの友人たちが遊びに来てただけなんですよ。ご心配おかけしました」 「本当かい。ならいいけど、ご近所さんにあんまり迷惑かけないでよ」 小心な綿貫は一応ホッとしたようだ。 オレの頭の上に志乃が顔を出した。 「大家さんも一緒に食べてく?」 綿貫はギョッとした顔をすると、心臓のあたりを押さえて一歩後退した。 「いえいえ、それには及びませんので、ユキコさん……じゃないんだね」 そう言うと何度も頭を下げながら、闇の中に消えていった。 「えらい腰の低い大家さんやねぇ」 その分、クチが軽いから、明日には「オレのところに新しいオンナがいる」とアパートじゅうに触れて回るだろう。やれやれだ。 「ビール飲も〜よ、ビール」 志乃は痛めた足をうまく庇って冷蔵庫の前に立つと、缶ビールを取り出してテーブルにドンと置いた。俺たちは互いにプルタップを開けた。 「かんぱ〜い」 それからは飲み食いに集中した。じっさい料理は心を奪われるほど美味だった。家庭料理とはこういうのを指すんだろう。オレはなぜか大阪の実家を思い出して、不覚にも涙をこぼしてしまった。 オレと志乃はすべての料理を平らげて、ようやく話をする余裕ができた。オレはまず礼を述べた。 「ありがとう。ごちそうさま。こんなうまい料理、何年ぶりだろう」 「おいしかったやろ〜。ワタシら劇団やってる子らってひとり暮らし多いし、バイトも忙しいから栄養めっさ偏るねん。そやから『おふくろの味研究会』ちゅ〜の作ってん。モットーは値段手頃で手間いらず。味よし見た目よし栄養よし。結果は自分よし。もう三年やってるから成果出てたと思うわ。おいしいモン食べると明日もガンバローって気になるやろ。ほら、ひとり暮らしって病気になったとき一番つらいやん? そんなときはみんなで料理作って持っていってあげたりするねんで。そんで今朝友達に電話したらワタシが怪我したこと広まってしもて、今夜来てくれやったんよ。アタシこれまで医者いらん人やったから、初めての経験。も〜お目目うるうる、チョ〜感激ィ。」 大きな口にビールをグビっと流し込み、息をプハーっと吐き出す。そうとうな呑助(のみすけ)と看た。 「ちょっと待って志乃さん、アンタまだオレの質問に答えてくれてない」 しかし志乃は髪を大きく揺らしながら振りかぶると、直球さながらの鋭い視線を投げつけてきた。 「ユキコさんて誰?」 |