女はあわててハシゴ段を握り直そうとしたが、つかみ損ねて逆にハシゴを押す形になった。 女の体は貯水槽を離れ、落下し始めた。 空気をはらんだ髪がフワリと広がる。うなじあたりで切り揃えられた髪は、ネオンに照らされてそれ自体が生き物のように蠢いて見えた。 しなやかに伸ばされた腕、激しく上下する胸のふくらみ、躍動感にあふれた太股やふくらはぎ。 それは一幅の絵画であり、イメージビデオに挿入された心象風景を観ているようでもあった。 オレは美しさに心を打たれていた。 何年もの間思い出すことのなかった映像への憧憬をかき立てられた。いまビデオカメラを持っていたらオレは克明に撮影しまくっていただろう。もちろん再生はスローモーションだ。夜想曲をBGMに流しながら。 そんなことを考えていたのはもちろん一瞬の間だった。 女の体が手前にある煙突の陰に消えたかと思うと、ズンという鈍い音が響いてきた。 着地した。いや落下した。 オレはようやく現実に戻った。 落ちた高さは三メートルぐらい。打ちどころが悪ければ大怪我になる。 オレは急いで立ち上がると煙突を回り込んで、貯水槽との間のせまい空間をのぞき込んだ。 女は体をさかさまにした格好で、煙突脇にある溝に頭から突っ込んでいた。 「アツ、アツ、アツ〜〜〜!!」 女は大きな声で喚いていた。はさまった溝から抜け出そうともがいているらしいのだが、手足を振るたびに煙突をじかに触れてしまい、熱さに悲鳴を上げていた。 「だ、大丈夫ですか?」 オレは近づいて女の手をつかもうとしたが、暴れるのでうまくいかない。 「ナニしてんの、早よ上げてや!」 「わ、わかりましたから動かないでください」 オレは思いきって女の腰をつかむと、グッと引き上げた。女は毛が抜ける首が抜けると喚きながらオレの足を殴りつけたが、どうにか引き上げることに成功し、貯水槽の台座を背に、座らせた。 オレも女もすっかり汗だくになってしまった。体中から焼き肉のにおいがする。オレは女の横に腰を落としながら、その横顔を初めて拝んだ。 ……そう、これが“女”との出会いだった。 髪の毛いっぱい抜けたぁと眉をひそめながら、文句を口にするその顔は整った顔立ちをしていた。 目も口も大きく、深い二重瞼はハーフに見えなくもない。年齢は不詳だ。 「あのぉ、お怪我はありませんか?」 オレはおずおずと尋ねた。するとそれを待っていたように女はキッと振り向くといきなり怒鳴った。 「なによ、アンタのせいやで、こんな髪ぐちゃぐちゃになってもうて。どないしてくれんの!」 その剣幕に押されてオレはうつむいた。すると女のつま先が目に入った。 「でも、そんなヒールの高いパンプスなんかで高い所に登ったりするからじゃないですか?」 「なんやの! ワタシが悪いっちゅうん!?」 反射的に腰を引いてしまい、オレはまた尻餅をついた。さきほど打ち付けたところが疼いたが、痛みで冷静さを取り戻すことができた。 「おたくも関西のかた、ですよね?」 「そうや。それがどないした!?」 「いえ、ちょっと懐かしくて。……あの、ボクは菊池俊郎といいます」 「あ、そ」 女は拗ねた口をとがらせ、あいかわらず髪をいじくっている。 「おたくの……あなたのお名前は?」 女はようやくオレのほうを見た。 |